体験のことば

院長の元職場の同僚の方々に、豊泉堂のハリとお灸を 1 回体験していただき、簡単なコメントも頂戴いたしました( 敬称略・五十音順 ) 。

当院のハリとお灸は、治療後の反応も診ながら調整して最低 3 回は受けていただきたい治療ですが、どうぞ初回の来院の参考にされてください。

・お名前

・( フリガナ )

・「 代表作品のタイトル 」

・コメント


青木淳悟

(アオキ ジュンゴ)

「私のいない高校」

プロ野Qさつじん事件

 私、アオキという名前で、肩の凝らない小説を書いています。最近はとりわけそのような傾向が強まってきた感じで、堅苦しいものをぜひ避けたいと考えたり、趣味の領域では完全に駄洒落にしか興味がなくなりつつあったりと、諸事にわたり脱力した状態がつづいております。

 さて十月某日、JRで治療院へ向かう。しかしどういうわけだろう、単に電車に乗るのが久しぶりだったからなのか、昼時の車内の様子がいやに新鮮で、わけても壮年男性たちの顔をつくづく眺め、

「……顔は男の履歴書だの、顔に責任を持てだのっていうけれど」

 と、何となくぼんやりとそう考えていたのだ

「あんな大人になれるんだろうか……あの人もあの人も、四十がしっくりきてるなあ」

 私は三十九歳、小説家となって早十五年、思えば自分の肉体ということについて改めて考える機会がなく、ほとんど軽視してきた点に気づかされてしまった。こういう指向はきっと根深い。あたかもモットーかのように、体がいったいどうした、精神あるのみだとかいった考え。つまりその一切の「辛さ」は創作における精神的なものであるべきであって、小説家が体のケアなんて贅沢かつ不真面目なことをし始めたら終わりではないか、と(最近私が禁煙しているのは、健康のためではなく、たばこ税から自由になりたいがためです!)。

「ああしかし……あんな大人になれるんだろうか……来年は節目の年、いよいよ成人を迎えるだからなあ

 ところで、肩が凝っていないことにかけては、絶大な自信があった。どうも肩が凝らない体質で、職業からすればこれは相当に有利(?)な立場にあるのではないだろうか。なんというアドバンテージだろう。ということは、つまり……、

「……で先生、今日はなんか『患者』ってことになってますけど、どっか悪いとか別にないんで。なんせまだ自分十九歳なもんで……、肩なんか凝ったことない十九歳なもんで……、鍼灸とかって歳では」

「喫煙歴は十八年ほどで、最近禁煙をされていると」

「ええ、一歳から吸ってましたんで……もう今回でスッパリやめるつもりです」

「そうですか、わかりました。ではその場で、少し首を回してみて下さい」

 この直後、アオキは自らの健康への過信を、存分に思い知らされたわけである。

「……ギギ、ガガグ、くっ、首が回らない……!?」

 そう、まったく首が回らない。

 そしてハリは打たれた。

 私の煩悩を目がけて、

 都合百八本(くらい)。

 全身の力み、

 肩の凝り、背中の張り、腰の悪さ、

 すねの脇の筋肉の電撃。

 最後は灸も据えてもらって、

「アッ、こんなの初めて……」

 と思わず声が漏れる。

 三十九歳。やっぱり三十九歳だよ。

「いやあ、治療師の方には色々わかっちゃうもんなんですねー。自分ではこんなに悪いなんて思ってなかったですよ。体のケア大事ですよね、いや参りました。まさか二十歳程度サバを読んだことまでいとも簡単に見抜かれてしまうとは。はあ、こうなってくると、何も隠し事はできませんなあ」

 通います治療院。というか、もはや住みます北浦和。


淺川継太

(アサカワ ケイタ)

「ある日の結婚」

「水の余裕」

 くすぐったさと、針からの連想だろうか。スーツを初めて仕立てたときのことを思い出していた。既製品のスーツはハンガーに吊されているので「吊し」という。ぼくの体を採寸する店員がその呼び方を教えてくれた。きちんと体に合わせてつくるスーツは違うものですよ、女の店員は柔らかく笑った。服に体を合わせるのでなく、体に合わせて服をつくる。店員がまち針を裾や袖に刺していくとき指が触れる物理的なこともあって、なんだかくすぐったかった。

 いつのまにか自分の体も「吊し」で済ませていたのかもしれない。初めての鍼灸院で体じゅうに針を刺され、そんなことを考えた。ずっと自分の体でいたから、自分の体は自分にぴったりだと思っていたけれど、凝りのたまっているあちこちに針の温かい痛みを感じていると、そうでもなかったらしいと思えてくる。自分がどれだけ自分の体からはみ出したり縮んだりしているか、ふだん省みることはなかった。

 まち針よりずっと細い、蝶の舌のようなものを全身に刺され、甘くうとうとしていた。花の蜜に比べるべくもなく、ぼくの血と肉は、生活のなかですっかり汚れてしまった。だからといって体にぴったり合う体を取り戻す資格まで失ったわけではない。体のあちこちから繊細な針が抜き取られると、体は軽くなめらかな、輪郭にぴったりのスーツのようにぼくの体になじんでいた。


朝倉宏景

(アサクラ ヒロカゲ)

「白球アフロ」

「風が吹いたり、花が散ったり」

ハリが体に入ることで、ツボがたしかにそこにある、そして、凝り固まっているツボがほぐれていくという感覚がたしかにありました。施術後しばらくは、ふわふわとのぼせたような感覚があったものの、全身の血のめぐりが良くなった実感とともに、翌朝はすっきり目覚められました。


戌井昭人

(イヌイ アキト)

「どろにやいと」

鉄割アルバトロスケット

<やいとやいと>

 普段はサウナや銭湯に行った後にマッサージを受けたりしています。マッサージは、下手な人に当たると、施術中は、ずっと後悔しながら受けることになります。針も同じで、いままで何回か受けたことあるのですが、「なんかソコ違う」といったところにブスっと刺されると、針の刺さった状態で後悔しっぱなしということになります。

 しかし、松波さんの針は、そんなことはまったくありませんでした。というか、「ソコ! まさしくソコです!」と叫びたくなるくらい、ピンポイントでプスリと刺してくださるので、気持ち良いことこの上なしでした。

 さらに、身体の仕組みなどを説明してくださるので、いま刺した針は、どのように効いてくるのかよくわかり、不思議な楽しみもありました。

 特に、針の上に灸をすえていただいたときは、極上の温泉に浸かっているのかと思いました。そして、すべて終わったとき、身体がポカポカして、軽くなったような気持ちになりました。どうもありがとうございます。

 でもって、わたしは、「どろにやいと」という小説を書いています。主人公は、鍼灸師ではなくて、背中に灸を背負い、全国を訪問販売をしている男です

 題名の「どろにやいと」の「やいと」とは「灸」のことで、つまり、泥に灸をすえてもどうにもなんねえぞということで、「無駄だぞ」「効果ないぞ」という意味なのです。でも松波さんのやいとは大変効果があり、わたしは泥人間ではないということを改めて確認した次第です。


上田岳弘

(ウエダ タカヒロ)

「異郷の友人」

キュー

 鍼灸治療はおろか、これまでマッサージ店にも行ったことがなかった。ただ、日帰り温泉施設のマッサージ機は好きで、だいたい200円ぐらいをがちゃんがちゃん入れて作動するマッサージ機に身を預ける。最新の機械はほんとにすごくて、え、そんなとこまで、え、こんな角度いけんの? まじで? と思うこともしばしばだった。
 この度、松波太郎さんが、鍼灸治療院をはじめられるそうで受けに来いとおっしゃり、「すべての挑戦を受け入れろ」という祖父の遺言に従い僕は指定の場所に向かった。治療院自体は建設中とのことで、鍼灸専用のレンタルスペースでの施術となった。(それにしても世の中には鍼灸専用のレンタルスペースというものがあるんですね。初耳でした)

 松波太郎さんには黙っていたが、実のところ僕はとても痛いのが苦手で、おまけに先々の想像までしてしまう方で(なにせ幼稚園生の頃、「予防接種」のお知らせプリントを配布されただけで泣いてしまった—-というのが上田家では語り草になっている。その時のことはよく覚えていて「このプリントおかあさんに渡さなくていい?」と先生に何度も聞いた記憶がある)、針まみれになるのは正直戸惑いもあったのだけれど、それが挑戦であるならば受けねばならない。
 施術(チューブに入った細い針を刺す)は胴体から始まって、頭、手足へと続いた。すこしチクリとし、その後にツボによっては皮膚の奥の方で熱がこもったような、鈍痛と呼ぶにも満たない感触がある。それは効いている証拠であるとのことで、中でも、こめかみが効いた。他の箇所は前述のとおり、鈍痛にも結実しない曖昧な感触だったのだけど、そこだけはじんじんとしびれる。けれど嫌な感じではなくて、むしろ確かに効いているなというふう。時間が経つとその感触もなじんできて、適度の熱さの温泉につかっているような気分になった。最後に手や腰に軽く灸をすえてもらって、針を抜き施術は終わった。
 効いていた箇所の感覚がしばらく残った。日常生活で変な風に力が入っていた場所が、なぜだかよくわかった。帰り際「血行が良くなっているので、凄く酔うと思うのでお酒は控えてくださいね」と言われた。帰り際駅前のコンビニでビールを買って飲んでみると、確かに酔いがよく回った。


大木萠

(オオキ モエ)

「花火思想」

漫画誕生

〈 いつになるのか 〉

10年くらい前に制作会社に勤めていたAD時代、四ツ谷の鍼灸院(あるいは鍼灸の学校だったかもしれない)を取材し、20分くらいの番組を作ったことがある。
その際に被験体をサーモグラフィーを通して観察するくだりがあり、下っ端ADだった私とアシスタントプロデューサーのK女史がその被験体として選ばれた。冷えこむ冬の日で、指先はいつもより余計に冷えていた。
取材対象として施術してくださったのは、鍼灸組合?のような組織の偉い人のような感じの先生だった。手足の冷えが酷い私を、先生は「驚くくらい改善されると思うよ」と言って黙々と鍼をさしていった。内心、痛いかもしれないと思っていたが、痛みは全く感じなかった。K女史も同じ場所に鍼をさされ、いよいよサーモグラフィーで観察が始まった。
青かったK女史の指先はみるみるうちに赤く染まり、K女史は興奮気味に凄い凄いと繰り返していたが、私の手はまったく色の変化がなかった。先生は「頑固だね」とつぶやくと、鍼を追加した。一向に変わらない。更に追加された。少し黄色くなったかなという感じだったが、先端は青いままだった。しばらく時間をおいても私の指先は青いままであった。
時間がなかったので、足の治療に移った。お灸も施されたが、私の足が赤くなることはなかった。
先生を怒らせてしまったかなと心配になり、おそるおそる様子をうかがうと、先生の表情は意外にも輝いており、腕捲りをして私の足先を触ったりして熱心に観察していた。しかし結局その日、私の冷えが改善されることはなかったのである。
撮れ高に達し、取材は終了した。別れ際に先生に言われた「絶対にきみを温めることをあきらめない」という言葉が、なぜかいまも胸に残っている。

そしてこの度、松波先生から診療体験の依頼を受けたのは運命の悪戯としか言いようがない。遥かな時を超え、ついに私の冷えが改善される時がきたのだ!今度こそは!
ーーーところがその当日、私は完全に治療の約束を失念しており、のん気に帰宅してしまっていたのであった。松波先生からの連絡を受け、ようやく思い出すも、既に横浜の自宅に到着しており後の祭。松波先生、申し訳ありませんでした。
結局、未だに松波先生の治療は受けられていない。もうこうなったら、開院したら一番に予約するしかないのである。
目まぐるしく、多忙で、情報過多なこの時代、ついつい約束を忘れてしまうこともあると思う。皆さんはぜひ、このようなことがないように受診日はしっかりチェックし、万が一やむを得ない事情でキャンセルする場合は必ず前以てご連絡をして頂きたいものである。友人や恋人との約束は忘れても、治療院の予約だけは忘れないでほしいと願い、冷えこむ冬先の夜に筆を置く。


太田靖久

(オオタ ヤスヒサ)

「ののの」

「リバーサイド」

ハリとお灸の治療を受けるのが初めてだったので、松波院長の腕前がどれほどの印象だったのか、他と比較して語ることができません。そのためどうしても主観的な感想になりますが、端的にいうと、松波院長の治療は私にはとてもしっくりくるものでした。

松波院長はリズムを一定に保てる方であり、また、他者のリズムに合わせられる優しさと勇気と技術を有した方です。こちらが奏でる音楽に耳を傾け、それを理解したうえで、自然な形でグルーブに乗せてくれます。

雑然とした日々のせいで散らかっていた私の思考や肉体や欲望や感情や魂が、その治療中におだやかに束ねられ、鎮められていくのがわかりました。それは適度な気だるさをともなう感覚であり、とてつもなく巨大な何かの中へゆっくり沈んでいく心地でもありました。

きっと私たちは土から誕生し、たくさんの喜怒哀楽を経て、再び土に還っていくのでしょう。
治療が終わって帰宅した私は泥のように深い眠りに落ち、その後の目覚めは生まれたてのように新鮮でさわやかでした。


おくやまゆか

(オクヤマ ユカ)

「たましいいっぱい」

「むかしこっぷり」

施術後しばらくは自分の体が自分のものでないような、全身がゆるんだような不思議な状態でした。首を回すと感じていた妙な引っかかりもなくなりました。
鍼灸ってどのポイントがどのように痛いか気持ちよいかなど、自分の体のことが丁寧に明かされていく面白さがありますね。
年齢とともに体の不調があちこち出てきているのを日々の忙しさで適当にやり過ごしてきましたが、こうやって自分の体と向き合う時間を持つことは大切だなと思いました。

加藤秀行

(カトウ ヒデユキ)

「シェア」

「海亀たち」

「いえ、加藤さんだけでしたよ、お灸を選んだの」
「・・・・・・」

笑顔の松波先生は白衣を着て、キャスター付のトレーに屈みこみながら、ライターをカチカチいわせて
火がつくか試している。

仕方ない。仕方ないのだ。生まれつき皮膚が弱く金属アレルギーなのだから。
「尖ったものが体内に入ることを想像するだけで痛みが走りそうでちょっともう駄目だと思って」なんて
とても言えない。ほかの小説家や漫画家は想像するだけで痛いと思わなかったのか。絶対、思ったはずだ。裏切り者たちめ。

しかも社会的関係性(見栄)に縛られてもはやベッドの上から逃げ出せなくなったこの瞬間、初めて気がついた。

「お灸を据える」って「痛みを他者に与える」って成句じゃん。与えられるの、俺じゃん。
「鍼を打つ」が痛みの文脈で使われるの聞いたことないし、実は「痛み:鍼<<<灸」なのでは。

「あれー、つかないな。ちょっとお待ちくださいね」

ライターを取替えにバックヤードに入る松波先生の白衣の裾を見届け、うつぶせで寝転んだまま
すぐさまメタリックなキャスターの上に置かれた様々なお灸たちをじっと眺める。

ピップエレキバンみたいなのもいれば、線香ぽいのも、とろろこんぶを三角形につまんだようなのも、
形状はさまざまだけど一様に茶色か線香色で、いかにも実力派、といういでたち。要するに痛そう。

何故気付かなかったのか。言えない。「やっぱ鍼で」なんて厚顔な台詞、いまさら言えない。
お灸の用品、高そうだもの。一人だけ無駄に原価かかってるし。鍼ならば松波先生の腕一つ、鍼、消毒液ぐらいで
行けたはずなのだ。それなのに。

「行きますね」

うつぶせで見えないけど笑顔の松波先生は手早く、(見えないけどきっと)正確に、やつらを配置していく。
カチ、と体の表面数センチに数百度に達するであろう火がつけられていく。

無限の後悔が渦巻く中、静かにお灸が据えられていく――

……あれ?

「どうですか?」
「……なんか、あったかいです」

そう、ぜんぜん痛くない。じんわりといくつもの熱が全身に複雑に触れる。心地よい。全身が弛緩していく。
これは正解。自分は正解を引いたのだ。ほら見たか。茶色たちが燃えていく匂いもなんだか芳しいぞ。

「次、鍼っぽいお灸いきますねー」
「え。それって」
「鍼みたいに鋭く打ち込む灸です」

カチと火がつく音が背後でする。一秒、二秒、三秒……痛っ! 悶えると即座に松波先生が取り払う。
鍼じゃなくて針だよこの痛み。局所火傷だよ。熱痛いよ。

「やっぱりふくらはぎですね。特に左。背中も熱がこもってる部分があるんでしっかり逃がしていきましょう」
鋭い灸が打たれるたびに蛙の解剖みたいに全身がビクッと反応するうつぶせの自分。ビクビク。

 
表面から深い所まで全身に熱の塊を打ち込まれ、鬼火に囲まれたように身体を熱くして夜の駅に向かった。
 

* 

その日は帰ってすぐ寝て、三時に目が覚めた。真っ暗な中、ウォーターサーバーから水を注ぎ、飲んだ。
流れ落ちていく冷たい水。少し火照った皮膚の表面に触れる空気のそよぎ。冷蔵庫の低音。

鼻が通る。冬の夜の匂いがする。

全身が目覚めていて、いま生きている、という感じ。ガラスのコップから水を飲み干して、また寝た。


上村渉

(カミムラ ワタル)

「射手座」

「あさぎり」

 太郎君と知り合ったのは、かれこれ十年近くまえのことだ。以来、折に触れて顔を合わせてきたが、気づけば豊泉堂の院長になっていた。
 実を言えば、呑み仲間に体を預けることに抵抗がなかったわけではない。治療が始まった直後は、なるべく笑わないよう我慢した。あまり真剣に診察してほしくなかった。だが、そんなことを考える余裕があったのも最初だけだった。腰の張り、足の冷え、曲がった右の肋骨……。すべて見抜かれて、処置を施された。鍼はさして深く入っていないという話だったが、皮膚の下で痛みは熱を持ち、僕はうめき声を洩らした。
 その晩はよく眠れた。これ以上ないほど熟睡した。疑り深い性格でも、自分の身に変化があったことくらいは理解できる。また近々、太郎君に診てもらおうと思っている。


坂上秋成

(サカガミ シュウセイ)

「夜を聴く者」

「モノクロの君に恋をする」

 自律神経の弱さに悩まされ、六年ほど前から近所の鍼灸院に通っている。そのうち自分でも東洋医学について関心を持つようになり、『夜を聴く者』というタイトルで鍼灸師を主人公とした小説を書いたこともある。

 そうした経緯もあり、僕自身は鍼灸治療に対してとてつもない信頼を抱いているのだが、このすごさを人に説明しようとすると、これがなかなかに難しい。「マジすげーんだよ!」と声高に叫んでも、「鍼って痛いんでしょ?」とか「なんとなく怖い」など、どこか乗り気でない反応を返されることが少なくない。

 現代日本人のほとんどは、科学的根拠に基づいて治療を行う西洋医学を強く信頼している。それは何も悪いことではないのだが、西洋科学とは別の理論によって構築された東洋医学のメリットが理解されづらい状況があることも事実だろう。

 東洋医学と西洋医学の大きな違いは、オーダーメイドとレディメイドの差に例えられる。西洋医学の場合、特定の疾患がある箇所を科学的に突き止め、その部分を治すことに努める。一方、東洋医学においては人間の全身をひとつながりの有機体として捉える。ある部分に症状が出ている場合、ピンポイントでそこだけを捉えるのではなく、身体全体とどう連関して悪い状態になっているのかを考えるわけだ。

 西洋医学が万人に共通する治療法を確立させようとするのに対し(=レディメイド)、東洋医学は個人個人の体質や性質に合わせた治療を行う(=オーダーメイド)。そうだからこそ、東洋医学の場合は、患者自身がどのような違和感を感じているか、どういった状態だと自覚しているかを聞き出すことが重要になる。

 その意味で、松波太郎氏の治療は非常に信頼できるものだった。こちらの状態を丁寧に聞き、治療を行っている最中にもこまかに状態を確認してくれる。話し方や鍼を一本一本打っていくその手つきから、患者を楽にしてあげようという熱意が伝わってくる。言葉にすれば簡単だが、それを実践することは容易ではない。

 東洋医学、鍼灸治療には不安を抱いてしまう人も多い。けれど、一度ささやかな勇気を出して、鍼やお灸を体験してみてもらいたい。鍼を打たれた時の独特の「響き」や、お灸で身体があたたまり全身の緊張がゆるんでいく独特な感覚を味わってもらいたい。自律神経の乱れ、免疫力の強化、血流の改善など、東洋医学だからこそ適切に対処できる症例はいくらでもある。それをできるだけ多くの人に、知識だけではなく身体的な経験として理解してもらいたいと、これまで幾度となく鍼灸治療の世話になってきた人間として切に願う。


ササキエイコ

(ササキ エイコ)

「工場」

fog


滝口悠生

(タキグチ ユウショウ)

「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」

「わたしの小春日和」

この「体験のことば」を記している松波院長の「元職場の同僚」の面々を見ればおわかりの通り、院長は文芸とりわけ小説に造詣の深いひとである。ものした作品も数多い。立派な経歴をお持ちだ。
しかし小説家にとって経歴や業績、つまりすでに書き上げた作品というのはあまり重要ではなく、我々が関心を持っているのは常に、まだ書かれていない、これから書かれうる作品のことである。そしてそのために必要なことは、小説について考えることである。もちろんそう考えない人もいるかもしれないけれど、松波院長と私は、直接そんな話はしなくとも、おそらく同様の姿勢で書くことに向かっていたから、お互いの作品を興味深く読み、親しくなったのではなかったかと思う。
 
小説の話ばかりしているけれど、私はここが鍼灸院であることを忘れているわけではない。文芸に通じその方面の業績がどれだけあろうが、鍼灸医としての院長および医院の技術や方針とは何ら関係がない。診察室にいる松波太郎は、鍼灸医である。院長に招かれて言われるまま診療着に着替えて診療台に横になった私からは見えない彼の手は、文章を書き連ねるのではなく、私の身体に鍼を刺す。これまで時々、腕や肩をマッサージしてもらい、健康状態などについて助言をもらったことはあったが、こうして本式に施術されるのは初めてのことだ。院長が、私の身体に新作小説を彫りはじめたらどうしよう。最近は公衆浴場などでタトゥーの規制が厳しくなりつつあるが、私はあんなに厳しくしなくてもいいんじゃないかと思っています。
いや、ここは鍼灸院なので、黙って刺青を入れたりすることはありません。安心して背中を預けてください。院長は言う。
そう、彼はちゃんと免状を、国家資格を有しているのだ。
ただ……、と院長は続ける。日本では現状、刺青やタトゥーの施術に関する免状はないので、技術があれば誰でもやれちゃうんですけどね。
ああ、ニュースでやっていましたね。
無免許で施術した人が摘発されたり、それに反発して彫り師が裁判を起こしたりね。しかし繰り返しますがここは鍼灸院で私は鍼灸院の院長であるので、安心してください。
 
私はときどき鍼治療に行くことがあるが、今まで一度も自分の体に鍼が打たれた瞬間を見たことがない。それに、他人の体に鍼が打たれる瞬間も見たことがない。あれはどのくらいの太さなのかと思うし、なにより、つんと刺された鍼がまだ刺さっているのか、もう抜けているのか、いつもわからない。そんなことだから、どこにどんな鍼を打たれようが、基本的には身を任せるほかない。それでも、打たれた鍼の先が、皮膚の内側には違いないがどことははっきり言えないあたりで、何かに届き、響く感じがする。
あ、響きましたね、と院長は言う。手と鍼の向こうにあるはずの私の皮膚の内側の響きを、松波院長は看て取る。
いわゆる「ツボ」というのは、どうして「ツボ」と言うのでしょうか、と寝台にうつ伏せたまま私は訊ねてみる。
なんででしょうねえ、なかなかいい呼び名だと思いますが、と院長は言う。東洋医学では、身体中に走る経絡(けいらく)という線上にあるポイントを経穴(けいけつ)といい、これが日本で言う「ツボ」である、と教えてくれる。経絡というのは動脈や静脈と重なる部分も多く、そこを重視する点では西洋医学と同じだが、かといって東洋医学の考え方と全部が一致しているわけではない。そのへんがなかなか説明が難しいところなんです、と院長は誠実に解説してくれる。あ、また響きましたね。
たしかに響く。曰く言いがたい感覚だが、響くと言われるとその表現はしっくりくる。身体のあちこちに「壺」があり、そこに刺激を与えると、響きがある。響くためには空間が必要で、そのポイントを「経穴」つまり穴と言ったり、内に空洞をもつ「壺」と言ったりすることに、身体的な合点がいく。
なるほど、さすが小説家ですね、言語感覚が敏感だ。
いやいや自分だって。
鍼を打つのは物理的な作業だが、身体の表面のなんの目印もないポイントを刺激してその奥にある空洞に響きを与える、というのは小説を書くことに似ている。即ち「今・ここ」とは隔たったどこか遠い場所に向けて、言葉という目に見えないものを使って、連絡を試みること。
小説のおもしろさは何なのか、どんなものなのか、と時々訊かれるが、なかなかうまく答えられない。読んだ言葉から刺激を受けるが、その言葉じたいがいつでもおもしろいのではなく、そこからちょっと離れたところで何かが響く。鍼の刺激もそれに似ていて、得られる響きは、鍼の先からちょっと離れたところにある。
 
小説とは何か、小説家にもよくわからない。それは小説家だった松波太郎が、小説を書くことで考え続けた問いでもある。
私は、松波太郎が、言葉を用いてまたいつか新しい作品を書くことを期待している。けれども、おそらく彼にとって、私の身体に打った鍼のひとつひとつもまた、小説を書く作業と無関係ではない。彼にとっては、鍼を打つことも「小説」の形態のひとつなのではないか。彼はやはり私の背中に鍼を打ちながら、私の身体に新しい小説を書いていたのではないか。そしてこれから彼のもとをおとずれる、多くの人々の身体にも……
そんなことを思うのは滝口さんが小説家だからじゃないですか、と院長は言う。鍼を打つことが「小説」の形態のひとつなのではなく、「小説」が鍼を打つことの形態のひとつなのかもしれないじゃないですか。

ふくだももこ

(フクダ モモコ)

「えん」

「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」

〈 ハリと恋 〉

小説家として出会った松波さんから「ハリ灸の治療院はじめます」と連絡がきたとき、ハリもお灸もしたことないけれどわくわくしたので、1000字くらいで書かれた松波さんの丁寧なメールを見た瞬間「えー!行きますー!」と返信した。(松波さんに「20分くらいかけてメール書いたのに返事早すぎ!(笑)」と言われた)

当日、松波さんが間借りしていた新大久保の治療院に向かうため電車に乗っていると、目の前に座っていた女子高生二人組が「じゃあまたYouTubeで!バイバーイ!」と謎の言葉を発して別れたり、改札をぬけてすぐの道にコンドーム(未使用)が落ちていたり、まだ治療も受けていないのに来てよかったなと思いながら治療院へと入った。

久しぶりの松波さんは白衣姿で「今まで会った時も白衣着てたっけ?」と記憶があやふやになるほど自然で似合っていた。(※以下、松波先生と呼びます)

事前に「施術前はお酒控えてね」と言われていたのにもかかわらず前日の夜から朝まで友達と飲み歩いてしまった私は松波先生に謝罪し、「大丈夫ですよ」と笑顔の松波先生に施術用の服(半袖半ズボン)に着替えるよう促された。

なんせこういう場所に疎い私の頭には「施術の際、半袖半ズボンを着る」という認識がなく、寒さもすっかり顔をだした11月半ば、体毛の処理が完全にゆるゆるだったため松波先生に「すいません毛がボーボーです」と謝罪。笑顔で「全然大丈夫ですよ」と “あくまで仕事である”というスタンスを貫くことで私の羞恥心を軽くしてくれた松波先生に感動。

いよいよ施術がはじまり、私の体にハリが…!一本刺されてチクリ!そこで思い出したが私は注射の類が苦手だった!

しかしそんな痛みはすぐに慣れ、松波先生の丁寧な説明のもとハリが体に刺さる。ところどころ体の内側から細胞や筋肉を鷲掴みにされたような鈍いような突き刺すような痛みが走り、妙齢の女性なのに「イッッッテェ〜〜!!」と叫んだりしてしまったが松波先生は「ここは肝臓のツボですね〜ちょっと疲れてるね〜」等とやさしく説明してくれた。

治療中、延々喋り続ける私に丁寧かつ的確なツッコミをいれてくれたり、小ボケに軽く笑ってくれたり、松波先生とのやりとりは本当にたのしく、ハリ灸の治療に来たのにまるで飲み会をしているような感覚を得られた。何を言っても対応してくれるので、こんな先生がいるならなんか誰かとしゃべりたいな〜くらいの感覚でハリ灸の治療に行ってもいいかもしれない。体も軽くなるし!

松波先生の治療を受けた数日後、恋人もできました!すごい!

何よりびっくりしたのが、生理が軽くなったこと!二日目はいつも歩けなくなるほど重い私の生理どこ行ったん!?と感動です。


矢部太郎

(ヤベ タロウ)

「大家さんと僕」

「進ぬ!電波少年」

〈 新しい自分 〉

今年で41歳。だんだん人間のからだというものも、この世界のほかのものと同じ物質であって、少しづつ古くなるんだなあと、前屈するたび曲がらなくなるからだ、夜眠れない冷え性の自分(テレビの健康番組で足に血管がないと言われました)などなどに感じています。

僕はたまに演劇の公演にも出させていただいています。その公演中、中日を過ぎたあたりの一番疲れがたまっている頃に全身に針を打っていただきました。その日の夜にあった舞台で僕のからだはよく動き正確にセリフも言えてよくウケました。からだはほぐれて新しいからだのように感じました。とてもリラックスしていた僕は普段はほとんどしないアドリブ的なものさえも入れ込みました。

そのアドリブ的なものの結果がどうであったかは、あえてここには書きません。しかし、たしかにその日、新しい自分がいました。
おもしろくなれるツボありますか?