case.27  毛

 肺兪……厥陰兪……心兪……督兪……膈兪……肝兪……胆兪……脾兪……胃兪……三焦兪……腎兪……気海兪……大腸兪……関元兪……小腸兪……膀胱兪……中膂兪……白環兪…… 

〝兪〟の文字が付いている経〝穴〟――兪穴のどこにハリを打とうか? お灸をすえようか? あるいはあえてハリもお灸もしないようにしておくか……背骨の両横1寸5分――西洋医学のいわゆる解剖学的にいいますと、首から腰までつながる長い脊柱起立筋という筋肉上にタテに並んでいる兪穴ゆけつ・左右あわせて36穴の内の処置は、治療のハイライトになることが多いくらい重要な選穴せんけつになります。

「肺……心……肝……脾……腎」

 というように〝五臓〟の名もそのまま冠してある兪穴はなかんずく重要で、以前caseの18か19かでお伝えした〝脈〟の状態や、お腹、時には舌の状態等もあわせ診て、どの兪穴にハリを刺すか、刺してすぐに抜くか、刺してしばらく置いたままにしておくか、あるいは灸にするか……うんぬんその治療法まできめていくわけですが

「そのままいこうか」脈・腹・舌もかんがみずにそのまま治療に入っていけることがあります。「ラッキー」

 などと不謹慎にもうつ伏せになって患者さんの背後でつぶやいてしまうことがあるくらい手間の省ける状景が、わたしの眼下に拡がっています。

「ラッキー? 先生、今……」ラッキーって言わなかった? という患者さんの言下には、すでにハリをあてていっています。「ん?」

 ハリをあてていっています。

「これって、刺しているんですよね?」

 もう一度書いておきます――ハリをあてて・・・いっています――という字体の上にそっと乗っかるゴマ点さながら、ハリはお背中の上にそっと乗せる程度です。

「あっ、ちょっと来た、今」冷えが強い箇所にまでおのずとわたしの指の先のハリが進んでいっている実感です。「おぉ」

 筋層にまで達している箇所もあるのかもしれませんが、肉眼でははっきりしていません。

「今度はけっこう」

 これについてはいずれ先のcaseでこの手が〝勝手〟に書くことになる気がしていますが、手や手の指の先のハリが勝手に進んでいくことにわたし自身は身を任せているので――すこし奇異な風にきこえてしまうかもしれませんが、実際にその通りに施術にあたっているので

「もしもーし」あまり自分の手元を見ない習慣が身についていることもありますし「先生、ちゃんと見ているの?」

 という患者さんの言葉にハッとして、久しぶりに感じる患者さんの背中に視線を落としてみても、ハリが進んでいる先は視認できません。

「……はい」

 字体そのもののようにも映ってくるくらいモジャモジャ絡んでいる〝毛〟が、こちらの視線をも絡ませてしまうようでもあります……

「気のせいかもしれないけど」その黒い毛を〝穴〟と見立ててハリをあてているだけのことでしょう。「毛のある所にばっか刺していません?」

 〝穴〟にそのまま手とハリが吸いこまれていっている感覚もあるくらい、毛の下はとても冷えています。

「先生の手があったかく感じる」

「……冷えている所ですから」

「お灸じゃないんですか?」

「……お灸」

 たしかに火を用いるお灸の方が温める意味では効能があるのかもしれませんが、このまま点火したらもちろん焦げてしまいます。

「……いや」

 その前後の兪穴には発赤があり――つまり炎症があり

「かゆい」とご本人も言うので、あえて放っておくか、一通り毛に処置を施した後に、前回のcaseでも用いた鍼法・散鍼さんしんで文字通りチクチク熱を散らしていきます。「ハリで掻いてもらってる感じ」

 前回のcaseとはちがう用途ではありますが……

「そこは冷たくも熱くも感じないです」

 という声にも凹凸がなくなって聴きとれてきた所で、今回の治療は終了です。あお向けに向き直ってもらいます。

「最後にお腹をちょっと診させてもらいますね」

「はい、どうぞ」

「どうも」

「ギャランドゥ、ぼく、濃すぎないですか?」

 頭髪、まつ毛、まゆ毛、鼻毛、わき毛、おへその下のギャランドゥ……という例の通り、体内の大切なポイントを守ろうとするのが毛ですので、治療をする上では診落とすことができません。

「そろそろ露出の増えてくる季節だから」脈診、舌診、腹診より頭を使わなくて済むということもあるのかもしれません。「剃っちゃおうっかな」

「いやいや、剃らない方がいいですよ」

「なんで?」

「いや……まあ……」頭は使わずに〝勝手〟に治療してもらった方が良い結果をおたがいにもたらすことがあります。「……なんとなく……」

「なんだそりゃ」

 治療を終えて、勢いよくはね上がっていた〝手〟も〝毛〟のように反対向きになっておとなしくなっています。

「それじゃあ、次回は来月7日で大丈夫ですか?」

「……7日ですね」

「オーケーですか?」

「……オー毛です」

「先生、そういや、あんまり言わない方がいいかもしれませんが」

「……なんです」

「頭」

「……ん?」

「すこし薄くなってきました?」