case.40 キャンセル
「ああ、はいはい、大丈夫ですよ、かしこまりました、はい、まあまた、ご連絡ください、はい、またお待ちしておりますんで、はい、はい、はーい、どーもー、はい、はいはい、失礼いたします、はいはいはい、はーい、ご免くださいませ、はいはーい」
自分は今いったい何回〝はい〟を言ったでしょう? という方に疑問や関心を持つくらい ―― とくにどうってことのないキャンセルのご連絡のお電話でした。
「15回くらいかな?」
この後の時間の当日キャンセルで、たしかに院としてはその分の収入も減りますし、一時間にお一人を診るシステムである以上、この時間のご予約をお断りした患者さんもいらっしゃったのですが
「いや、16回?」まあ、あんまり悲観的にとらえても仕方のないことですし「17回かも……」
自身でも治療をして自律神経もろもろを整えているつもりですので、これくらいのことでは悲観的にならないようになっているのでしょう。
「18も?」と〝はい〟の回数をだらだらかぞえ続けています。「いやいや、さすがに19、20ってことは……」
こんな風にだらだら過ごせる時間がぽっかり一時間あいたわけですから、とらえ様によっては楽観的にもなったところで
ルンルンルンルン……
というように聴こえるさらに楽観的な呼び出し音が鳴ったので、また受話器をとります。
「ああ、はい、はい、はい、はい、はい、はい」と今度は一つ一つ〝はい〟を区切って、かぞえながら返答していきます……6回「再来週の金曜の10時にご変更ですね、はい、はい、はーい、はい、はい」
今度は日時変更のご連絡です。
「はい、はい、はーい」
と自分にはラストの〝はい〟をひきのばすクセがあるような ―― どうでもいいといえばどうでもいい発見が出来たことをもポジティブにとらえつつ、白衣のままベッドに横になり、シーツのように真っ白なまぶたの裏側を見つめながらの仮眠も二十分ほどとって、次の患者さんの治療の準備に入ります。
「16回ということにしておこう」
と踏ん切りを付けて、気持ちを切り替えていこうとします。
「前回は動悸のツボにハリを打って」と前回までのカルテにも目を通していたところで、十五分ほど早いでしょうか。「耳鳴りのツボの方には打たなかったんだな……ああ、こんにちは」
それでもいくぶん重そうな足どりで、患者さんが入っていきました。
「こんにちは、あれ? 前のかたは?」
「いやあ、当日キャンセルにあっちゃって、ははは」面と向かってだと自分は全然〝はい〟を言わないように何となく感じながら、スリッパに履き替えることをいつものごとく促して中に迎え入れます。「ええ」
「それは大変ね」
「まあ、そうでもないですけどね」
「ああ、そうそう、キャンセルで思い出したけど、わたしの方もごめんなさいね、前回」
「前回?」それでも手の方は何かを憶えているように、両手とも少し強張っているように自分で感じます……「……何かありましたっけ?」
「わたしも当日になって日をずらしてもらっちゃったじゃない? キャンセルではないけれど」
「……ああ」そうだったかもしれません。「……そうでしたっけ」
「またやっちゃってごめんなさい」めずらしく自分の利き手とは反対の左の小指の第二関節あたりがとくに強張っていて、こちらの意識の通りには滑らかに動いてはくれません……「今後は気をつけるから」
「……ええ」
そういった引け目から来ていたものだったのか ―― はたまた一週間ほど後ろに治療がズレたことによる腰や膝等の悪化なのか ―― 診るために、すでにローラーや消毒等はかけ終えてあるベッドの方に案内して、早速あお向けになってもらいます。
「……どうぞ」
動かないわけではないですが、やはり自分の手の様子がちょっとおかしいです。
「……んー」
右手の側の小指だったり、ひとさし指だったり、中指だったり……わたしがたまたま忘れていただけで、以前にもこのようなことはあったかもしれません……
「あれ? なんかおかしくない? 先生の指の動き」
前回のcaseにおいては、時として〝ゴッドハンド〟とも患者さんに称される存在でありながら
「ぎこちない感じがする……」
というようにも言われてしまうことがある手……
(動け、動け)
というように頭や心の中でいうことをきかせようとしても難しそうです……
(ちゃんと動いてくれ)
長年の鍛錬・訓練のはてに最も鋭敏で、気難しい存在にまで自立してしまっているのかもしれません……
(なんとか動いてください、もっといつものようになめらかに)
一種の職業病とも……
「こんどは他の治療院にしてみようかしら……」

キャンセルや急な日時変更等をお申し出いただいた患者さんへの治療の精度が下がるという現実 ―― これがはっきりしたのは実はここ最近(ここ数日)のことでして、自分としては如何ともしがたい中で、以下のような〝事件〟 ―― と言っていいでしょう他院へのご迷惑をおかけする一件が生じてしまったのです。
〝当院(ならびに他院)のご予約のキャンセルについてのお願い〟
というタイトルの文章をしたため、実際に治療院のホームページにも即日掲載したものです。
〝いつもお世話になっております。
このたびは皆さまにご予約のキャンセルについてお願いさせていただきたいことがございまして。
当院の当日のキャンセルは全身治療一回分(ないしは回数券一回分)のキャンセル料がかかることはすでにホームページ内に明記してある通りですが(https://ho-sendo.com/attention/)、
実際のところはこれまで一度もキャンセル料を頂戴したことはございません。
お申し出いただいたことはあるのですが、開院中は基本的に患者さんの治療にのみ集中していたいこともあり、何となく受け取らないまま済ませてきました。
キャンセル・日時変更の多いかたには次回のご予約をしてもらわないよう促したり、遠方のかたの場合には近隣の他院をご紹介したり等はしてきたのですが、キャンセル料をこちらから切り出したことまではございません。
今となってはあまり良くなかったことだと反省しております。
少し長文になります。ごく簡潔に申し上げれば、今後はきっちりと当日キャンセル料を頂くというお願いになります。キャンセル料をお申し出いただけない場合には今後は予約をお受けいたしかねるというお願い・要旨になります。
以下はお時間のある時にでも一読いただければ大変幸いです。
ここ最近他院の先生方とやりとりをする機会があり、次のような話を耳にしました。
「そちらから紹介された✕✕さんでしたっけ? ああ、〇〇さんというお名前でしたね、あんまり思い出したくなくなっていて……二回目の治療の時に当日キャンセルをしてきて、ですね、まあそれはそれとしてしょうがないと思うですけど、キャンセル料の方をいっこうに払おうとしないんですよね、治療を受けていないんだから払う必要がないってことみたいなんだけれど、ご予約を頂いた時点でその日時のベッドを確保するわけだから、旅館のキャンセルみたいなものですよね。ウチはベッドも一台だし、他の患者さんもその日時のご予約はとれなくて、断ったりしているわけですし、何回も続くとさすがに全体の値上げも検討せざるをえなくなって、他の患者さんにもさらに迷惑がかかってくることになるので。前日のキャンセルまでは頂いていないのですが、せめて当日のキャンセルは治療代をそのまま頂くことにして、記載もしているんですけど、〝むこうの治療院のホームページにも一応記載はあったけれど〟ってその〇〇さんは言うんですよね。〝けれど、一度当日になってキャンセルした時もむこうの院長は笑って『はい、はい』しか返さなかったですよ〟って言っていたんですけど、本当ですか?」
〝笑って〟まで返した記憶はないですが、キャンセル料の話をするのがその時は気が進まなかったのでしょう。キャンセル料の話を切り出すことで患者さんの体調に影響がでるとも感じていたのでしょう。
ご迷惑をおかけしまして大変申し訳ございませんでした。その場でもきちんと謝らせてもらったのですが、この場の方もお借りして、他院のその先生に衷心よりお詫び申し上げます。
この問題についてきちんと向き合うことをせず、患者さんに丁寧に説明してこなかった院長に最たる原因がございます。
他院のその先生のおっしゃっていた言葉はすべて正論で、当院も一度に患者さんを複数名診ることはなく(ベッドは二台ございますので、お知り合い等を一緒に治療することはありますが)、キャンセル等で突然の空きが出てしまうことは小さくない問題となります。
その後にもZoom上でいくつかやりとりをさせていただいて、「日時の変更の方はまだ問題ない」大意の話もその先生の口からは出ていたのですが、日時の変更については院長の方がよりきびしい認識をもっているかもしれません。
次回のご予約の前に症状が出て日時を前倒しにするのはもちろん問題ないのですが、一度おとりいただいたご予約を安易に後日に変更することは避けていただきたいとかねてより思っています。ご予定がはっきりしていない中でのとりあえずのご予約も。
お仕事等を休んでご来院になる患者さんも多い中で、その意識のうんぬんが結局はご自身のお体にはね返ってきている印象を率直にもっております。意識の話などはあまりしたくはないのですが、三代目として院長に就いて以来、患者さんの予後にはっきりとした差が出てきてしまっているのは手触りのある確かな印象です。
結局はご自身のお体のことですので、あくまで他人の体である院長が言うのも差し出がましいのかもしれませんが、治療のタイミングを逸し後回しにしたツケ・代償を払わされているお体を一番そばで目の当たりにしているその心苦しさから、あえてお伝えしていると受けとってくだされば。
もちろんご来院時は最善をつくして治療にたずさわっているつもりではありますが、お一人だけの体を診ているわけではありません。
とりあえずのご予約をおとりいただいたその日時こそが、他の患者さんのお体においての適切な治療のタイミングだったかもしれません。実際にままあるその現実にも今一度ご想像をお配りいただいた上で、堂々とご予約の変更を申し出いただければ。
開院中は治療に集中していることが多いので、支障がない場合にはメールの方でご連絡いただければ有難いです。なるべく早くお返事するようにいたしますが、少々お時間を頂くかもしれませんこと、ご承知おきくださいませ。
当日のキャンセルにつきましても上記と同様です。致し方ないご事情あってのキャンセル、ないしは当日になっての後日への日時変更のお申し出だと思いますので、過剰に謝ってまでいただく必要はございません。
次回治療の会計時にそっとキャンセル料もあわせてトレイの上に置いていただくか、回数券でしたらご自身の方ですでに一回分削っていただくかご処分いただくか、あるいは振込先をお問い合わせいただいても構いません。
あくまで全身治療一回分であり、オプションとして美容ハリをご予約になっていた場合にも頂くのは全身治療一回分のみです。小学生未満・小学生・中学生・高校生もそれぞれ所定の一回分の料金のみです。
事由にかかわらず当日のキャンセルは料金がきちんと発生しますし、初診の方でももちろん例に漏れません。ご予約を忘れていた等の事由も言わずもがなです。
こちらからは引き続きキャンセル料の件を切り出さないこともあろうかと思いますが、患者さまの方で上記いずれかの方法をおとりいただければ。
キャンセルについてはいろいろご意見があろうかと拝察いたしますが、一人でも多くの患者さんに治療家自身も満足のいくハリ灸を提供していくことを当院としてはやはり最優先にしたいので、お申し出・お支払いいただけない場合には、今後のご予約はお受けいたしかねますし、治療をお受けになられたとしてもあまり意義のあるものにはならないかと。
料金が発生しない前日までのご連絡もなるべく早めにお願いできれば、治療院のみならず、他の患者さんのお体の方も大変助かります。
細かい状況やシステムはもちろん各々で異なりますが、他の治療院もある程度は上記のような当院の思いに賛意を示してくれるのではないかと勝手ながら思っております。キャンセルや日時の変更を本心から歓迎している治療院などいないはず。
他の治療院(のお体)にたいしてもいっそうのご理解をいただければ幸いに存じます。〟
という文面を一気呵成に書き上げたのは、やはりこの手で、この手はどうやらキャンセルないしはご予約の日時変更をも重く受けとめてしまっているようです。
〝かなり辛い内容のお話・お願いになりながらも、患者さんの体調を乱す〝乱文〟にはしないよう心掛けたつもりではありますが、〟
現時点では頭の方でいくら《まあそこまで厳しくしなくても》と考えても、心の方で(少しくらい大目に見てあげれば……)と思っても、目や鼻や耳や足で促そうとしても、手はこの通りいうことをきいてくれない状態が続いているので
〝長文になったことはここまでの通りです。〟
複数回のキャンセルや日時変更があった患者さんのご予約は承らないようにしております。
〝治療院の外部においてもここまで長々とお付き合いさせてしまいすみませんでした。〟
患者さんのお体のためにも、他の治療院で次こそはキャンセル等はなるべくなさらず……
〝院長もできることなら記したくはなかった三千字超です。〟
あるいはきっちりとキャンセル料等をお支払い頂いて、ことほど左様にすばらしい効果をのぞめるハリ灸の受療を続けていただければ、当院の院長である前に、一治療家としてこれにまさる喜びはございません。
〝いや、五千字超です。〟
当院で治療をお受けになられる場合には、以上の通りの規約を設けましたので、患者さんのお体のためにも、そしてわたしの体 ―― 手のためにも、ご理解いただければ幸いです。
院長 松波拝