case.22  低い方だって……

「最近すぐに疲れて、すぐに眠くもなるんだけれど、お風呂から上がって少しするとすぐに冷えて、寝つきも悪いし、眠りも浅いから、疲れもちゃんととれた気がしなくて、なんだか力が入りづらくなっていて、時々めまいとかも出ていて」

 というように発言していることは後ほどわかるのですが、この瞬間はうまくききとれず、もう一度くり返してもらったのです。

「だから」という声も小さく、わたしの耳の方の問題のようにも扱ってきますが、この患者さんの方の問題でしょう。「先生、耳、大丈夫?」

「……ええ」

「ああ、そうそう、耳の方も、じー、と低い音が鳴っていて」

「……耳の方も?   それ以外は……」

「だから、さっきも言いましたよね?   最近すぐに疲れて、すぐに眠くもなるんだけれど、お風呂から上がって少しすると……」

 といういくつかのやりとりをへて、きっと最初にああ言っていたんだな……と心の中で推すことができた言葉よりも小さく感じるボリュームです。

「時々めまいとかも出ていて〜」という語尾は、少しそよいできこえたので、もしかしたら空調の風の音の方かもしれません。「あの〜」

 外が 30度をこえていることもあり、〝微風〞設定で軽くかけているだけなのですが

「さむいんでぇ〜〜〜」と実際に長い波線をうってくるようにも発してくるので、一度空調を切ることにします。「切ってください〜〜〜」

 という言葉を発し終えた時には、リモコンですでに空調を切ってあります。

「ありがとうございます〜〜」

 窓を全開にして暑い外気を入れると、いくぶんボリュームをとり戻したようなので、白衣の袖をまくって、わたしもこのまま進めていくことにします。

「先週?   先月?   病院にも行ったんですけど〜〜、あんまり相手にされず〜」

 ときどき風のような音がまたきこえてくるようでもありますが、今回は言葉の中身の方からかもしれません。

「計測した血圧は基準値より低かったんですけど〜」病院の方では〝風音〞のようにもきき流されたそうです。「異常なほど低いわけじゃないって言われて〜、よっぽどじゃないと血圧を上げる薬は出さないから、とまで言われて〜」

 本当にこの通りの言葉を担当の医師のかたが吐いたのかはわかりませんが

「結局原因不明の不定愁訴みたいに扱われちゃって〜」多少脚色されているようにもきこえなくはないですが、結果として薬は処方されず、様子見で流されたことは事実のようです……お薬手帳まで見せてこられます。「ほら、先生、ないでしょ〜?   この薬は、前に、捻挫した、時の、薬でね〜」

 言葉の意味合いほどは強くない口調で、句読点のような息つぎもこまめに打たれている印象です。

「……はい」

 と受け身になっているわたしの方が声質としては太く大きいのでしょう。

「……低血圧はよっぽど数値が悪くないかぎりは……」

 たしかに病院等の西洋医学の方では、低いことより、高いことの方  ――  いわゆる〝高血圧〟の方を重く見る傾向にあり、実際に心筋梗塞や脳出血等のそのまま死に直結する急な病変へのリスクもあるので、すみやかに降圧剤などが処方されるケースが多いのでしょう。

「……優先順位は低いかもしれませんね」

 高血圧を一番の訴えとして来院する患者さんは当院では少ないので、具体的に触れるのはもう少し後の話になるかと思いますが、東洋医学では主に、何故からだの血液の圧力が高まっているのか?   といった生理の方に、まずは着目することが多いと思います。

「……高血圧の場合は」何故血液の圧力はそんなに高まりたがっているのか?「……末端の問題がからんでいることが多いのですが」

※ 続きは『本を気持ちよく読めるからだになるための本――ハリとお灸の「東洋医学」ショートショート』(晶文社)でお楽しみください。