case.30  鼻(の)炎

「のうず、のうず、のうず、のうず」noseの語源はここにあるのかもしれません。「のうず、ノウズ、nose」

 という音にすべてきこえてくるくらいの鼻声で、noseは鼻声を模した擬音語なのかもしれない……どうでもいいと言えばどうでもいい余念を捨てて、聴力に集中しないといけないくらいの程度です。

「のうずー」という〝ずー〟の部分で一度鼻をかんだこともあり、すこし聴きとりやすくなったでしょうか。「ずー……とひどくて、ですね」

「ずー……と」

「ずっと! ひどくて、ですね」

「……はい」

「ここが!」

「……ここが」しかしこの患者さんが指しているのはご自身のうなじ・・・のあたりです。「……お鼻の方ではなく?」

 問診の方だけですでにけっこう時間がかかってしまっているので、単刀直入にたずねてみました。

「まあ鼻もそうだけど」とわざわざ言葉にするまでもない口ぶりです。「花粉もあるし」

 すでにあきらめているのかもしれません。

「それより首肩の方がずー……」

 とまたnose寄りに発音しながら、うなじのあたりの面というより、ポイント・点を指し続けています。

「……どちらかというと、首寄りですかね?」

「まあそうでずーねぇ、とくにここが」第七まである頚椎でいうところの第三、四あたりでしょうか。「ひどい時はシコリみたいなのも」

「……なるほど」

「首肩の方をまずー……は」と鼻疾患とは別物のようにとらえているようですが、そのあたりを鼻のツボとする治療法もありますし、当院はそこまで特化していないですが、首肩の症状が鼻づまりを悪化させているのは確かです。「楽にしてもらえると助かりまずー……」

 〝鼻炎〟と言いかえた方がイメージしやすいかもしれません。

「……鼻炎の方も治療しましょう」

「鼻炎の方も?」

「つまり、えっと……〝の〟を間に……」

 〝の〟を間に補った方がさらにイメージしやすいかもしれません。

「〝の〟を間に?」いわば火事のようなものです。「ああ……え? 鼻の炎?」

 火が二つ乗じ合うほどの〝炎〟が鼻周辺で炎症をひき起こしているわけですから、避難する経路を確保してあげないといけません。

「……逃がしてあげないと」

 さきほど〝シコリ〟が出来るとまで言っていた首の通りを良くし、渋滞をひき起こす障害物をどかしてあげるような治療をハリで施しています。

「すいません、一枚、ティッジュー……」鼻をかんでばかりでも発赤して火の粉は拡がるばかりです。「鼻だから鼻にハリを刺すのではなく?」

 火や熱を南の方角に散らして薄めるようなイメージで、首肩にとどまらず、背中の数ヶ所にも治療を加えていきます。

「のうずー、のうずー、のうず」

 足の方にもハリを刺したあたりで、いかがでしょう……

「のうず、のうず、のーず」ようやく声の方もいくぶんすっきりしてきたでしょうか?「のーず、のーず、のーす」

 花粉症も絡んだ慢性症状のようですので、たしかにすぐには治癒したとは言いがたい段階ですが、〝鼻〟には聴こえなくなってきます。

「のーす、のーす、ノース」

 とりあえず避難経路は出来上がりつつある印象です。

「ノース」〝北〟寄りにまできこえてきた所で、今日の治療はおしまいにします。「north」

 〝人〟がバンザイしながら南に下っていく光景が、みなさんの目にも浮かんできていませんでしょうか?

 ベッドを下りて、この患者さんのお体そのものが南側の受付から、さらに南側の框へと進んでいっています。

「ああ、スッキリしたnorth」いくぶんいかり気味だった肩も下ろしながら、靴ひもを結び直し、さらに南側の玄関扉の先にまで進んでいっていますが……「えっとー」

 スロープの先から駅前に進んでいくには、一度折れ曲がらないといけません。

「こっちだったはずー……」

 当院の最寄りの駅は、〝南〟ではありません。

「……南下するのではなく」残念ながら〝北〟浦和となっております。「……北上ですね」

 行きつ戻りつをくり返しながら、頻度・程度が少しずつへっていく患者さんが多いので、あと四、五回はかかるでしょうか。

「北上? ああ、こっち……道まで教えてくださり、ありがとうございます……あと南下いか来るつもりですんで、今後ともどうぞ……とうそ……とうぞー」