case.47  中国人の口臭 vs 日本人の胃臭

「お水はできれば常温がいいと思います」治療後の注意事項の一つとして、なるべくお水をたくさんおとり頂きたいというものがあります。「ご自分の体温か、さらにその上の温度の水 ―― というより、もはやそれは〝お湯〟や〝白湯〟かもしれませんが」

「ハイハイハイハイハイ」

「あまり熱かったりすると、量はあまり飲めないと思いますので……」

「ハイハイハイハイハイ」

「とはいえ、いっぺんにおとりになり過ぎると、体の方でうまく吸収できずにトイレが近くなるだけだったりもしますので」

「ハイハイハイハイハイ」

 やはり〝はい〟というよりは〝ハイ〟にきこえます。

「ちょびちょび回数を増やして、お飲みいただければと。体内の循環が良くなっているので、お水で老廃物を流して」

「チョビチョビ」

「今どきの言葉でいえば、デトックスのような」という表現は大体どの初診の患者さんにも用います。「治療後にかぎらず、普段からお水は……」

「でとっくす」

 という英語の方はかえってひらがなにきこえてきていますが、これ自体が何かの症状というわけではありません。

「冷たいお水だと体温に引き上げるまでに余計なエネルギーを要してしまいますので」治療はすでに終わっています。「まあ大体こんな所でしょうか……」

 治療後のだるさがなるべく出ないための注意事項を伝え終えた所で、でとっくすは知らないけれど ―― という声が2、3オクターブ下がってきこえてきました。

「体を冷やしているのは日本人の方でしょ」そしてすぐにまた2、3オクターブ上がってきこえてきます。「日本人の方が全然わかっていない」

 3、4オクターブかもしれません……

「……そうですか」

 たしかにこの患者さんにはわざわざこの注意事項はお伝えしなくてもよかったかなと……

「中国人はみんな知ってるよ!」四つの声調・抑揚のある母国の言語がそのまま日本語の発話にもつながっているのでしょう。「みんな!」

 中国のかたが話す日本語のステレオタイプとして〝アルヨ〟という語尾がありますが

「知っているし、やっている!」一度も実際に耳にしたことはありません……本来ひらがなであるべき言葉がカタカナにきこえたり、カタカナがひらがなにきこえたり「日本人の方だよ、わかってナイノワ!」

 小さい〝つ〟の促音が抜けてきこえてくることはありますが……

「わかてない!」いったいどこから来たステレオタイプなんでしょう?「アイスばっか! ばか!」

 日本と昔からもろもろ関係の濃い首都・北京を含む中国東北の寒い地方の語尾が〝er〟(アル)とのびることに起因しているのかもしれない……何かの本で読んだ記憶のある説を思い返している内に、よりはっきりと対決姿勢を露わにしてきます。

「日本人の方が冷たい水、お茶、ビール、酒、とってバカ!」

 やはり中国語特有の四声のイントネーションゆえの対決姿勢なのかもしれません。

「中国人はビールも冷やして飲まない!」

「……そうみたいですね」

「日本人は何でもすぐ冷やして飲む!」たとえば〝マ〟という発音でも、〝マ➝〟・〝マ➚〟・〝マ↺〟・〝マ↓〟でそれぞれ〝母〟・〝ああ〟〝馬〟〝叱る〟という意味に変わるそうです……「そんなに冷やすの、好きか!」

 〝➝・➚・↺・↓〟のない〝マ〟は相手に何かをたずねる〝?〟になってしまうのだそうです……

「そんなに冷やしたら、心臓も心も冷える!」

「……はい」

「お店でもいつも水に氷が入っている!」

「……氷」

「氷入ってるお水、何て言う?」

 中国のそういった言語状況についてもわざわざ教えてくださる鍼灸の本場・中国人の患者さんは当院にも時々いらっしゃいますので、言わんとしていることは大体わかっています。

「氷入ってる水……ああ、えーと……〝お冷〟のことですよね?」

「そうそう、オヒヤ、オヒヤ、なんであんなに氷入れる? 中国じゃ考えられない!」

 中国も広くて大きいですから、〝オヒヤ〟のようにして水を飲む人もいくらかはいる気がしますが

「中国人ぜったい飲まない、全員、オヒヤ!」だそうです……「中国人、お茶飲むのも、アブラコイ食事の時だけ! アブラコクナイ時は、強いお茶、飲まない! 体の必要アブラも流してしまう! 日本人の方が食事していない時もじゃっぱじゃぱ飲んでいる!」

「……じゃっぱじゃぱ」

 飲料水をとる際に用いる擬音でしたでしょうか?

「……じゃぱ……JAPA……」

「ウーロンチャア➚、プーアールチャア➚、ジャスミンチャア➚」と〝(チャア)〟の発音を含めて、ここはやけにアクセントが強くきこえます。「チャアは強い! 強いから、強い食事の時でないと」

「……強い食事」

「イチョーを傷める! 冷たい水も同じ! 熱く感じるの、ノドだけ! すぐツーカ!」

「……ツーカ……通過……」

 このようなことを治療後のこの時間に言ってきた中国のかたは、これまでにも複数名いらっしゃいましたが

「イチョーが荒れる! だから、わたし、満員電車乗れない! もちろん日本の!」という表現は初耳です。「気持ちワルイ!」

「……なぜ?」

「日本人、みんなイチョーこわしているから、こみ上げてくるにおい、あれ、クサすぎ!」

「……たしかに胃熱がこみ上げてくるんですかね」東洋医学には〝胃熱いねつ〟という症状もあります。「……まあ逆流性食道炎もたしかに日本人に多い印象ですし」

「満員電車、そのにおいばっか!」

「……そうですか」

「口の表面はハミガキ粉、ガム、ふりすく? フリスクのかおり、キレイにしているのに、奥がくさい! 奥がやられている!」

 ……奥がやられている

「中国人は反対ね! ハミガキしてる人、日本人より少ない、歯も削れるし、一日に何回もやる必要ない! やんなくてもいい! うがいだけでも!」まで言われると、この方のこの言葉からも表面的な口のにおいが今まさに漂ってきているようでもあります……「でもみんな胃腸は丈夫、胃腸は壊していないから、口くさいだけ!」

 叱りつけるような〝↓〟の矢印とともに、こちらに突き刺さってくるようにも……

 対する日本人の胃のにおいの方はイントネーションや矢印をもたない〝s〟字形の ―― 〝胃〟形とも言えそうなどんよりしたものなのかもしれません……

「……口くさいだけ……ははは」

「笑っている場合じゃないよ! 先生!」

「……失礼」

 日本語と同じように……

「……しました」

 というような敬語表現が日本語にはありますが……

「……おっしゃる通りかもしれませんね」とりあえず当たり障りの少ないように敬語を使っているだけで、心の奥底は異なっているようにも感じますし「……はい……まあ……そういうことでいいです」

 原則として漢字しかなく、ほとんど敬語表現もないそうです中国語の方が、表面に熱をおびて乱暴にもきこえ続けていますが……

「わたしだて今すぐ帰りたい、帰りたい、だけど、あなた達日本人のためにも言てる!」

 奥底からとんでもないやさしさやいたわりめいた気遣いを受けることもありますし

「気をつけないと、ほんとダ↓メ↓」

「……ええ」

「ゆくゆくは死んじゃうよ!」

 日本人の方がうわべの口の中や口先だけを清潔にしようとしているだけなのかもしれません……

「……ゆくゆくは……はい」

「先生も気をつけないといけないよ!」

「……お気遣い」というきこえのいい言葉や、おだやかなイントネーションを装っているだけで……「……どうも有難うございます」

「ソレソレ」

「……え?」

「とりあえず頭下げとけばいいと思て、日本人」

「……ああ……いや」

 わたしの方が注意事項を受けているような気になってきています……

「……はい……はい➚」

「おお、いいね」

「わ➚か➝り↺ま➚し➝た➚よ↓」

 この患者さんが帰った後にでも、消化を促すツボ ―― 足三里や天枢や裏内庭などに、自分でも念のためハリなりお灸なりしておこうかと……

「ハリもそれくらいハキリしてもいいよ!」

「ハ↓キ➚リ➝」

「中国人の体はもっとそれくらいハキリ!」

 中国vs日本……口臭vs胃臭にかぎらず、なんだかいろいろと他にも喩えられそうなお話に感じましたが、みなさんはいかがでしたでしょうか?

「じゃ、また来週来るよ! 来週この近くで用アルヨ!」

 いかがでしたでしょうか? っていうか、どう➚ みんなは➚ たまにはもっと〝v〟みたく尖った言葉を口から➝