case.36  先天性

「……ハリ灸にだって難しいものはある」

「だってそこに見えているんですよ!」

「……治らないものがあることを把握することから……」

「すぐそこにあるんですよ!」

「……ハリ灸では治らないということをきちんと伝えるのも鍼灸師の役割だ」

「たとえ治らないとわかっていたとしても!」という面倒くさそうな方が、今回のcaseにおいてはわたくしとなっております……「治療を続けるのが鍼灸師の役割なのではないでしょうか!」

 聴講者という立場でハリ灸関連の学会にいろいろお邪魔したことがあり

「……無駄な治療はつつしむべきだ」〝✕✕先生にきける機会などめったにございませんので、どなたかご質問がまだあれば〟というような旨のすでに質疑応答がひとしきり済んだ後になった時間等に、このように食らいつくことがあるのです……「患者の負担にもつながる」

 現在わたくし個人はどの学会にも正規には属していないため、〝聴講者〟として忌憚なくきけてしまっているのかもしれません。

「お言葉を返すようですが」本当に面倒くさい聴講者だと思います……「治療が無駄にならないように努めるのが鍼灸師の役割なのではないでしょうか?」

「無駄か否かをすばやく適確に診察することも鍼灸師の役割だ」

「治療を続けていけば、どこかで……」

「……治らないものはある」

 かえって質疑応答の時間を超過してしまいご迷惑をおかけしてしまっていることを承知しつつも

「治らないものは治らない、と?」どうしても大家の先生方に伺っておきたい見解です。「たとえ治らないとしても、治らない症状に対して射程を広く治療を続けていけば、他の症状も……」

 患者さんご本人が訴えてこないけれども一目瞭然の症状について、どのように対応すべきか?

「……患者に過度な期待は持たせないことだ」

 もちろんご回答の言い回し等は先生によってもまちまちなのですが、おおむね〝触れないでおく〟主旨のものが多いです。

「……患者が訴えていないものまで、治療する必要はない」とおそらく倫理や信頼関係から発せられるご回答もありました。「……患者にとっても触れられたくない症状だろうから」

「すでにあきらめている症状ということですよね?」

「……そう」

「いわば……」

「ところで、あんたどこの……」

「先天性の」

 学会は大体お昼すぎか遅くとも夕方には終わることが多いので、どうしても診ておきたい患者さんについては、そのまま治療院に戻って診療をおこないます。

「お休みの日にすいません」

「いえいえ」カレンダー上は定休日でしたが、〝お休み〟という感覚はなかったです。「似たようなもんですので」

 ヒトの身体を診る仕事をしている以上 ―― わたし自身の身体もまたヒトですので、ずっと仕事をしているようなものなのかもしれません。

「似たようなもん?」

 翻ってとらえてみれば、治療院のドアの開閉をとわず、つねに閉院・休院しているようにも実感しながら、この患者さんの脈を半眼でとっていきます。

「自分で言っておきながら、すみませんね」よけいな視覚の情報を入れないために、完全に目を閉じきるか、少なくとも〝半眼〟程度には閉じて脈のリズムや強弱に集中するのです……このことについてはまたこの先のcaseで記します。「ちょっと集中します」

「ああ、はい」

「んー……」

 そして目を完全に見開いて、患者さんの顔色や眼光や舌の状態まで視覚で確認していきます……

「疲れの方もまた大分たまってきていますかね?」

「今日は肩と首も凝っていて」

 というような訴えを聴覚の方でききとっていても、やはりどうしても視覚の情報が上回ってしまうことがあります……

「このあたりがとくに」この患者さんは生まれつき耳が不自由なのだそうです。「首の横のラインから側頭部にかけて」

 右耳に肌色の補聴器がはめ込んであります。

「……なるほど」

 この世に生まれ落ちて来た当初はきこえていた気がするんだけれど ―― といった過去についてまでお話しくださったのは、七、八回目の治療のそれも終盤だった記憶があり

「まあ、もう、一生このまんまなんでしょう」というようにすでにあきらめていたそうです……この患者さんを後で診る予定が入っていたので、今日はとくに面倒くさくなってしまったのかもしれません。「ここ・・に関しては」

 〝訴えてこないけれども一目瞭然の症状について、どのように対応すべきか……〟

「……ここ・・

「そう、ここ・・。先生どうなんでしょう?」

「ん?」

「治ったりするものなんでしょうか?」

「んー……」〝過度な期待は持たせないことだ〟という主旨の大家の先生の言葉がよぎります……わたしより何十年も臨床経験がございます。「治らないんじゃないですか~」

 わたしはその先生から見たらまだまだ青二才であり、何も分かっていないのかもしれません。

「ですよね~」

「ええ~」

「あいかわらず軽いですね~先生は~」

「……それでも」という逆接の接続詞が1セットになっているように口をついて出てきてしまいましたが、けっして〝治す〟とは患者さんの前では言わないようにします。「……それでも……けれども……しかし……だが……」

(いつか治ることを……)と心の中でのみつぶやいて

 つぶやいて

 つぶやいて

 つぶやいて

 つぶやいて

「ん? 何か小声で言いました?」

 やはり身体は奥底でもたがいにつながり合っているのでしょう……他の部位の方からアプローチするという〝手〟ももちろんあります。

「いえ……何も」

「これ何のツボです? いきなり手にも」

「手……ああ」

「ほら、耳のうしろにも」

「……ああ」

「ハリを打って、お灸まで据えようとしていないですか?」