case.45 アイスマン
「あの、ほら、ショートショート形式の……」
「はい?」
「ほら、先生が書かれている雑文の……」
「……雑文」
「電車の待ち時間とか、料理の合間とか、寝すぎてなかなか寝つけない時とか、よっぽどヒマな時にわたしもいっつも読ませてもらってます」
「……よっぽどヒマな時」まあ全然いいと思います。「……ありがとうございます」
「全部読めているわけじゃないんですが」
「……読みやすいものだけでいいと思いますよ」本当にそういう気持ちで書き始めたのが本ショートショートです。「……疲れるほど読む必要はないです」
「まあ一つ一つは短いですもんね」
「……そうです、重苦しいイメージがある人にはあるらしい東洋医学をなるべくライトに」
「うん」
「読むのに疲れたなんて症状をわたしも見たくないので、分量もショートショー……」〝ト〟まで言い終わらぬ内に、ああ、そうそう、東洋医学、東洋医学ショートショートでしたよね、名前、と話の腰の方をお折りになってきました……「……ええ」
本ショートショートの意図を開陳できる千載一遇のチャンスでもあったのですが……まあいいでしょう。
「東洋医学ショートショートでしたよね?」意図を重く受けとめて疲れてもらっても困りますので……「東洋ってすばらしいんですね」
とすでに悪くされている主訴の頚椎と関連するツボにハリを打っていきます。
「……そうおっしゃってもらえると、わたしも書いた甲斐があります」
「西洋にはないような」
「……ええ」
「ハリとお灸も生んで」
「……ん」
「こういうツボ? も発見して」いったいどのcaseをこれまでご覧になってきたのでしょう?「すごいですよね、東洋」
「……東洋」
「西洋では発見できないですもん」
「……西洋では発見できない」
もしかしたらツボの誕生についてはこれまで触れてこなかった筆者であるわたしの方の落ち度かもしれません……
「ほんとに」
「……いや」
「西洋にツボが発見できるはずないですもんね」
という理解を招いてしまっている責任を少しずつ重く受けとめるようになっていって……
「西洋にはわかりっこないですよ」
「……んー」
「ああいう大柄で大味な人たちには」
生来だというこの患者さんの冷えも伝って、わたしの体に入ってくるような……
「こういう繊細なツボとかは」
「……いやいや」
「すぐにメスとかオペとか言いだすんだから」
ハリからペンに置き換えているこの閉院後の今の時間も、とても自分の体が冷たく感じるようになっています。
「西洋の人たちは」
「……あー」
「西洋の人たちにはまだ伝わっていないんでしょうね、こういうツボとかお灸とか……」
まだ降っていないようですが、今晩はこれから当院付近にも雪が降るらしい寒気ももちろん関係しているのでしょう。

1991年にアルプス山脈のエッツ渓谷というイタリア・オーストリアの国境付近の氷河で発見されたミイラは、どうやら5300年前の男性で、瞳と髪の毛は茶色、肌は白色、身長は160cm、体重は50kg、年齢は47歳前後であることまで解析してきた長年の調査を待たずして、一目瞭然だったのがこの黒い痕です。

「イレズミ?」のようでもありますが、何かの傷痕のようでもあります。「……もしかして」
現在は嫌がる患者さんが多いので残らないように気をつけてはいるお灸の痕のようでもあります。
「崑崙、陽輔、曲泉、腎兪」
という位置にそれぞれ痕が付いていることから、ツボを用いた何かしらの治療はすでにこの時期には存在していたのかもしれません。
「三焦兪にも痕が付いている……」
東洋医学の古典・原典とされる『黄帝内経』といった書物は2200年ほど前のものです……
「……5500年前って」さらにその中国は前漢の時代から3000年以上遡った時には、すでに医学の〝東洋〟は〝西洋〟に存在していたということに計算上はなります……「……〝中国三千、四千年の歴史〟より全然前じゃん」
アイスマンと名付けられたその西洋の男性と同じように凍りついたのは、中国の人々だったかもしれません……
「……中国が起源じゃなかったってことかな……」表記が中国語(漢字)である以上、ツボの起源も中国にあるものだと自明視されてきました。「……どうしよう」
2012年におこなった解凍調査の結果、腰椎すべり症を患っていたことまで判明したアイスマンは、氷河をどちらに向けて渡っていたのでしょうか?
「……んー」
イタリア側からオーストリア側だったのか……
「……ショートショートにしづらいな」
はたまたオーストリア側からイタリア側だったのか……
「……〝東洋医学ショートショート〟じゃなくて」
西から東……東から西……
「……〝西洋医学ショートショート〟?」

すでに西洋に誕生していた〝東洋医学〟を刻みこんでいた自分の体ごと、東に東に運んでいたのか……
「……んー」
はたまたすでに存在していた〝東洋〟の医学を手ぶらの土産物として西に西に持ち帰ろうとしている道中だったのか……
「……どうなんだろう」ただアルプス山脈に生息していただけか……「……たまたまなんてことも……」
書物の方にはまだ〝刻み込まれて〟いなかっただけで、当時にはすでに中国にだってツボ=経穴は存在していた可能性だってもちろんありますし
「……自分で自分の体を触って」
西洋には存在していた可能性は高いですし
「……圧して痛い所にお灸をしていた……」
この極東であるがゆえに中国大陸以上に先に西側と関係をもっていたのかもしれない日本の方が先だった可能性もなくはないですし
「……モグサじゃなくて、そのあたりの木とか草とか」
この島国・日本がツボの原点だった可能性もなくはなくは……なくはなくはなくはないのかもしれません……可能性くらいですが
「……あるいは直接火を……」完全な〝解凍〟がすむまでには、まだもう少し時間がかかるのでしょう……「……各々がツボを見い出していた?」
発見されたのが1991年で、初めての解凍調査が2012年だったそうですので……
「……初診の患者さんでもすでにツボを知っている人もいるし」
あるいは、あと何年も何十年もかかるのかもしれません……
「……自分で触ったりして」
あるいは何百年か……
「……西洋も東洋も」
何千年か……
「……西も東も関係なく」
次の5300年が来るまでには分かることになるのでしょうか?
「……南も北も」
わたしたちの体の方も凍らせてもらわないと、まだまだ分からないことなのかもしれませんが
「……まあ反応があればどこだっていいのかも……」
ハリやペンのように突き立てた指の先で圧して、とりあえず気長に待っていましょう。
「……自分もここにお灸でもすえて寝ることにしよう……ああ、ここは西の果ての崑崙のツボか……」