case.49  コロナ後遺症

「肩もこっているし、腰もなんだか鈍く痛いし、足も冷えるし、むくみやすいし、トイレも近かったり、コロナの後遺症もあったり、動悸も時々したり、いっつも眠かったり、たしかに寝つきもあまりよくなくて……」

 卑近にも感じる症状をいくつも出した中間あたりにそっと出したあんばいで、こちらにあまり重く受けとめられないようにしているのかもしれませんが

「……ん?」やはりその一ヶ所だけ凸凹のどちらかがあってきこえていました。「……コロナの後遺症?」

 午後4時をしらせる〝夕焼け小焼け〟の無線チャイムが鳴りやんでから、語を継いでこられます。

「もう陰性のはずなんだけれど、私の場合はのどのイガイガがとれなくて」治療前にたくさんしゃべるつもりで、予約時間よりも少し早めにお見えになったのでしょう……「タンもよく出て、私の場合は時々むせる感じもあったり、あとは……」

「……あとは」

「鼻がつまっているんでしょうか? 私の場合はにおいもよく分からないままで」

「……におい」

「あとはやっぱり味覚の方も、たとえは悪いかもしれませんが、私の場合は何を食べてもドブっぽくて」

「……ドブ」という表現にももちろん引っかかりましたが、ここまでちょくちょく口癖のように出てくる言葉の方にも引っかかりだしています……「……私の場合は」

「私の場合は、においのある食べ物も、ドブのにおいで」

「……私の場合は」

「ニンニクとか、チーズとか、キムチとかも、私の場合、全部ドブのにおいで」

「……はい」

「あとは私の場合は十五分くらい歩くともう疲れて」

「……ええ」

「私の場合は声の方もかれやすくなって……」

「……声の方も」

 息切れもしやすくなったり……という発言は、もしかしたらこちらの独り言や心の声なんじゃないか? という疑念がわいてくるくらいに、ボリュームが小さくなってきこえました。

「……息切れもしやすくなったり」と、ためしに実際に口から声に出してみると、今言いましたよ、それ……という言葉がボリュームは小さいまま返ってきたので、患者さんの側の声なのでしょう。「……無理してしゃべらなくてもいいですよ」

 コロナにかかって……

「……ええ」

 私の場合はすぐこうなっちゃうようにもなっているのよ

「……私の場合」

 でも

「……でも?」

 伝えないといけないでしょ?

「……伝えないといけない?」

 コロナの後遺症はひとによってそれぞれ違うっていうから

「……なるほど」

 私の場合を

「……だから、私の場合・・・・

 まだどこかで鳴り続けているようにも感じる〝夕焼け小焼け〟の余韻に合わせて、ようやく患者さんの手首の脈をとっていきます。

「……もうしゃべらなくて大丈夫ですよ」患者さんの手首の脈がチャイムの余韻のようにか細いから、そのように感じているだけかもしれません……「……もう大体わかりましたから」

 〝からすといっしょにかえりましょう〟という歌詞がラストだったでしょうか?

「……あとはこちらが診ていきますんで」

 以前このショートショートでもお伝えした六部定位脈診(「case.18 脈」)としては、とりわけ肺の脈が弱く、さっそく該当するツボにハリを打ったり、時には灸を据えたりしていきます。

「……痛かったり、熱かったりしたら、おっしゃってください」

 全体の体力が弱っていることもありますし、初診ですので、あまり時間はかけずにそんなに強度の高くない治療を心がけていきます。

「……わざわざおっしゃらなくても、手を挙げるだけでも」

 呼吸器の肺まわりの機能を高めつつ、個別の症状一つ一つを追いかけていくよりも、全体の体力を底上げしていくような治療です。

「……いいので」

 時には〝からす〟のクチバシのように鋭くハリを刺し入れざるをえないツボもございますが……

「……あ、ちょっと痛かったです?」

 〝いっしょにかえりましょう〟

「……もう少し加減しますね」

 元のお体にかえっていけるような通路や通気口をつくるようにも治療を続けていきますが、これまで何十名もの後遺症の患者さんを実際に診るかぎり ―― と言いましても、百名には満たない数で暫定的な見解ではありますが、元のお体にこそ後遺症の大小なり重軽なり長短なり、ひいては有無そのものを決定づける素因はあるのでは? と……

「……そうですか」

 コロナウイルスじたいは感染力の非常に高い存在で、免疫力の低下等の一時的状況もからんで誰でも容易に感染しうるのでしょうが

「……もともとそういうお体だったんですね」

 後遺症のそもそもの有 or 無は、感染以前の体調なり体質なりにかなり関連しているのでは? という経験則をもっております。

 全体のざっくりとした印象としては、色白でやせ型のいわゆる〝肺虚〟体質の方に多く、個別には鼻にもともと何かの症状がある方には嗅覚・味覚に関連した後遺症が残りやすく、耳や三半規管まわりがもともと弱かったり凝りやすかったりする方には耳鳴りやめまいやふらつき、頭皮まわりに何かあれば脱毛、心臓まわりに何かあれば動悸……というように、コロナウイルスに感染することによって新たな症状が出るというよりは

「……もともと」軽度なものや、もしかしたらご本人が気付いていなかったかもしれないくらいの程度の素因が感染によって強調ないしは増長されるのが、後遺症なのでは……と。「……花粉症もお持ちだったんですね」

 たしか冒頭におっしゃっていた卑近ないくつかの症状 ―― 〝肩もこっているし、腰もなんだか鈍く痛いし、足も冷えるし、むくみやすいし、トイレも近かったり、動悸も時々したり、いっつも眠かったり、たしかに寝つきもあまりよくなくて〟というように表現していた症状の方も、〝後遺症〟として治療していきます。

「……あともう少し」

 コロナウイルスに感染する前の前の前にまで……

「……もどしていきましょう」

 ゆうやけこやけで ひがくれて

「……かえしていきましょう」

 やまのおてらの ―― でしたでしょうか? ―― かねがする

「……かえして」

 おててつないで

「……かえって」

 みなかえろ

「……かえりましょう」

 からすといっしょに

「……かえりましょう」

 かえりましょう

「〝かえりましょう、かえりましょう〟、何回も言われなくたって」

 ん?

「かえるわよ、もう治療も終わって、お代も払ったんだから」

 ああ……

「また来週くるわね」

 声がかえってきましたね

「何言ってんのよ、先生」

 はい……

「先生の方こそ、声に力がなくなっているわよ、患者さんにエネルギー吸われちゃっているんじゃないの」

 たしかにそうかもしれません……

「先生も気をつけてね、感染しないように」

 ……はい

「後遺症にも」

 ……ありがとうございます

「じゃあ、さようなら、ああ、もう外はまっ暗」

 ……〝ひがくれて〟

「ほしがきれい」

 〝そらにはきらきら きんのほし〟が2番のラストだったでしょうか?

「この星ももとはあれくらいキレイだったんでしょうね!」

 数週に一回ペースのハリ灸を受け続けている患者さんに、重い後遺症が残るケースにはまだ出くわしていないことは、最後に付言しておきます。