case.48  ザ・スモールトーク

「ほんとにイヤになっちゃうのよ、うちのダンナったら、昨日もベロンベロンになって帰ってきて、帰ってきたと思ったら、よっぽど酔っ払ってたってことなんだろうけれど、あたしの顔見て、何て言ったと思う? 先生」

「……さあ」

「おはようございます! タカナシさん! って」

「……ん?」

「タカナシさんってのは、上司、上司、ダンナの」

「……ああ」

「出社とカン違いしてたのよ、その場でネクタイきっちりしめ直しちゃって」

「……へえ」

「直立不動で、あたしの顔を見て、きっとあたしの顔色が変わったんでしょう、ほら、ええーと、何て言うんでした? そういう疑い深くなるの……えーと」

「……ん?」

「ほら、もっと、小難しい言い方、なかった? い、い、い、いぶ……」

「……ああ」

「いぶ……何ちゃら」

「……えーと」

「ちゃんときいてた? 先生、ひとの話を……」

「……訝しい?」

「そう、それ、それ、〝いぶかしい〟、いぶかしい表情でもしてたんでしょ、あたしが」

「……ええ」

「直立不動の後にね、ダンナね、ダンナの話、直立不動の後にいきなり深々と頭を下げて、申し訳ございません!」

「ん?」

「って、あたしに言うわけ、it’s、それであたしが早く家の中に入りなさいよ、って言っても」

「……it’s?」

「イッツ?」

「……ああ、(イッツ)……なんでもないです、続けてください」

「なかなか入ってこないわけ」

「……ええ」

「ここはあなたのおウチなのよ、とか、だいたいこんな狭い所が会社なわけないでしょ、とか、それともここがタカナシさんのご自宅だと思ってんの、とか、そもそもタカナシさんはこんなあたしみたいなしゃべり方しないでしょ、とか」

「……ええ」

「だいたいほら外を見てみなさいよ、とか、〝おはようございます〟じゃないでしょ、とか、〝こんばんは〟のもう深夜でしょ、とか、いろいろ言いようがあったと思うんだけど」

「……結局言ってはいないんですね」

「だってもう〇時を回っていたのよ? めんどくさくなっちゃって、あたしは自分のベッドに戻って、そのまま寝ちゃって、朝起きて玄関におそるおそる行ったら、どうなってたと思う?」

「……んー」

「まあまず朝起きても、隣のベッドにダンナがいなかったっていうのが、イッツ、先だけど」

「……ええ」

「玄関のドアに背中をもたせたままガーガー寝てたのよ、ダンナが」

「……へえ」

「驚かない?」

「……まあ……そうですね」

「それで、イッツ、たたき起こしたら、タカナシさんおはようございます! って、また言うかと思ったら」

「……ん?」

「うん」

「……言わなかったんですね」

「そう、ただいま! だってさあ、もう何なのよ、ダンナは、本当にもう、だからいつまでたってもダンナなのよ」

「……はは」

「まったく、ああ、もう、ダンナのこと思い出したら、ちょっとイライラしてきちゃったかも、せっかくハリでリラックスしてきていたのに、って」

「……ええ」

「この話、関係ある? イッツ、何でもいいからしゃべってください、って、先生が言うから」

「……ええ」

「ダラダラしゃべってきたけど、関係あるの? 治療と」

「……えーと……まあ……」

 あるんです!

「こっちにさんざんしゃべらせといて、先生、話半分くらいにしかきいてなくない?」

 たしかに〝話〟の方が半分くらいにしかきいていないかもしれませんが……

「……どうでしょう」

 あるいは半分以下か、三分の一、五分の一、十分の一くらいにしかきいていないかもしれないくらいに話の内容の起伏にとぼしいことが、まず一点目。

「こんな雑談でいいの?」

 という字体で表わすとわかりづらいかもしれない声調の起伏の方は、アップダウンの波がはげしく

「ちっぽけで小さな小さな話」午前さまで帰宅したご主人の話の切り口はそれなりに面白かった印象の話の内容を呑み込んでいるのかもしれないぐらいの声調になっていることが、二点目。「英語でも、言い方、あった、じゃない? えーと、んーと、ああ。いや、そうそう」

 という〝、〟や〝。〟で表記する息継ぎが細かく、こちらが相槌を打っている間に呼吸を整えているらしいことが、三点目……

「スモールトーク」

 〝スモールトーク〟だからこそ得られた患者さんの身体につながる情報の四点目以降は、以下に列挙いたします。

 ④ 冒頭のベロンベロンは正確には〝ベルオンベルオン〟というように舌の動きがやけに滑らかで潤いもある

 ⑤ 〝訝しい〟や〝スモールトーク〟といった語が出てこなくなる

 ⑥ 語が出てこなくても、何かを思い出して使おうとする意地や粘りはある

 ⑦ イライラやガーガーやダラダラ等、擬音にたよりがち

 ⑧ 〝めんどくさく〟や〝どうなってた〟というように、〝う〟や〝い〟といった母音ははしょりがち

 ⑨ しばしば〝イッツ〟が割って入ってくるくらい、皮膚は敏感……

「あたしの生い立ちとか、先祖代々の話とか、もっとそういう話の方をしようか?」

 そんなビッグトークじゃなくても大丈夫です。

「……いえいえ、大丈夫です」何々は〝細部に宿る〟ってよく言うじゃないですか?「……ではこれが今日最後の一穴(イッケツ)になりますね」

 身体情報を知るには、スモールで十分ビッグです。

「えッ! なんで最後にお尻に打つの? お尻なんてあたし一言もイッツ……」

「……ザッツ・ライト」