case.41  365日と365穴

「あれ? 前回と刺す場所が違わなくないですか? 気のせいかもしれませんが……」

 気のせいではございません。

「前回は足首の内側だったのが」

「……ええ」

「今日はヒザの内側に刺していないですか?」

 今日はその場所の方が凹んでいたからにすぎません。

「今日はその場所の方が凹んでいたからにすぎません」と心の中と同じことばを吐いて、すでに抜いてある刺鍼箇所をご自身の手で触ってもらったりすることもありますが「どうです?」

「んんん?」

 ことばだけだと胡散臭く感じられてしまうこともあるから、実際に触ってもらったのですが……

「平らじゃないですか?」だそうです。「下から手でなで上げていって手が勝手に止まる所?」

 とわたしの手ぶりを患者さんの方がお上手に言語化してくださいます。

「……そういうことです」

「全然止まらないで」

「……ええ」

「このまま股間の方まで上がってっちゃうけど」

「……ええ」

「ははは」

「……ははは」

 いったい何の笑いでしょう?

「……えーと」ともかく凹みが今日は膝の内側により大きくあったので、ハリを刺したにすぎないのです。「……じゃあ今度はうつ伏せになりましょうか?」

 たしかにわたし自身も毎日のように患者さんの体 ―― ヒトの体に触れてきたからこそ、手で分かるようになってきているのかもしれません。

「しかし、今日は肌寒いですね」

「……ですね」

「昨日より5度近くも気温が低いみたいよ」

「……そうなんですね」

 体の外の体 ―― と言っても差支えがないくらいに、いわゆる自然界の方も日によって、週によって、月によって、季節によって……〝体調〟がコロコロ変わっています。

「そして明日はまた少しあったかいみたい」〝自然〟なことです。「その肩甲骨のあたりって、前回も刺しました?」

 ヒトの体の方ももちろん外の気温や天候や気圧や風の強弱といったTPOに応じて、服装を変えたり、持ち物を変えたり、食事を変えたりもします。

「ふぁー……なんか今日は眠い」睡眠時間もおのずと変わってきてしまいます。「お通じもまだなくて」

「……なるほど」

「そういえば、その、刺す場所のことって、何て言うんでしたっけ?」

「〝ツボ〟ですか?」

「ツボはさすがにわかるわよ」治療をほどこすツボももちろんおのずと変わってきます……〝自然〟なことです。「ほかの言い方、前に教えてくれませんでした」

「……ああ」

「ほら、漢字で」

「経済の〝経〟に〝(あな)〟の……」

「ああ、それ、それ」

 経絡という電車でたとえるところの線路上に、駅のように点在している経穴。

「いったい何個くらいあるんですか?」

「……何個とは?」

「全部で」WHOというアルファベット3文字で略される世界保健機関の方で現在認可されている経穴の数は361です。「え? 361?」

「……ええ」

「多い」

「そうですかね……」

 実際はもう少し多いと思います。

「じゃあ一年と大体おなじ数じゃない?」

「……大体おなじ?」

「365日と」

「……ああ」

 365日と365穴。

「……まあ、そうですね」と治療中はあまり波風をわたしの方からは極力立てたくないので、こう返しましたが ―― 〝波風〟が立ってしまうと、また治療をほどこす経穴が変わってきてしまいますので……「……ええ」

「そんなにいっぱいのツボを使うんだ」

「……まあ」

 実際はもちろん365穴すべてを一度に使うことはありません。

「まあ?」

「……ええ」

「なんだか奥歯に物が挟まったような言い方ね」

「……そういう日もあるんでしょう」1日ごとに1穴ずつ変わってくるという方が、臨床上はより正確な表現で……「……奥歯に物が挟まるような日も」

 〝内果から上~寸〟というように教科書的に定められている経穴の位置からはズレているヒトの体や、その一体のヒトにおいても日によって経穴の位置がズレてきます……

「そこにも刺すの?」というように手が勝手に途中下車してしまったりするのです……「はじめて」

 前の経穴と次の経穴のちょうど中間にあるようなこの違和感を、多少むりに言語化してみると凹みというより凸であり……

「……まあ凸っとなっているので」

 図形チックな〝凹・凸〟よりさらにもう一歩二歩言語化を進めてみると、山であり、ざらつきであり、熱であり

「……熱っぽくもなっていますし」

 気血水のエネルギーが足りなくなっている穴というよりは、過剰に滞っている丘のような場所には、少し深めに太いハリを刺しこんで

「おッ」

 言い方はやはり難しく、やや語弊を生むような表現になってしまいますが、穴や通気口をあけて中の膿を出すように、刺してすぐに抜きます。

「ああ……」結果として微量の真っ赤な血も出てきました。「……でもなんかスッキリしたかも」

「……そうですか」

「前回もスッキリした気がするけど」

「……ええ」

「今日は今日で、またスッキリの種類が違うというか、質が違うというか、〝スッキリ〟っていうより〝クッキリ〟とか〝ハッキリ〟とか……」

 まあ、大体おっしゃりたいことは分かったところで、本日の治療はおしまいです。

「……今日はまた前回とは違った……」「ん?」「体の反応や、もしかしたらだるさなんかも出てくるかもしれませんので」

 安静にすごしていただきたい治療後の注意を口頭でお伝えして、そのままお帰りいただきます。

「……小雨も降ってきて、少し寒くなりそうですので」

「あ、ほんとだ」

「……それではお大事に」

 という言葉は大体どなたにも掛けるわたしの方からの最後のセリフのようなもので

「そういえば、先生」

「……はい?」わたしの方からはもう言うことは何もありません。「……何です?」

「治療してもらっている途中に言おうと思ったんだけど」

「……ええ」

「手が冷たかったし」

「……なるほど」

「会話もなんとなく……笑いのツボも……」

 もちろん治療家の方にだって365日と365穴あるのでしょう。

「……ははは、それがわたしの今日の穴ということですね、これはとても面白い! 面白い!!」