case.12  足三里

 これから旅に出ていくためにワクワクしながら身支度を整えている姿が、今まさに目の前にうかんでくるような文章ですね。はやる気持ちを何とか抑えようとしている文章のように、わたしには感じられてしまいます。もも引きの破れをつづり、笠の緒を付けかえて、三里に灸をすゆる……身支度の一つとしてこの文章にも記されている 〝 三里 〟 とは、足三里あしさんりのことです。スネの上に位置するツボのことで、三〇〇年以上経った今も東洋医学の世界では非常に重宝されているツボです。

 すぐに硬くなりやすいスネを刺激してやわらげるだけでなく、胃腸症状や精神疾患にも効能を発揮するいわば 〝 万能ツボ 〟 で、もも引きや笠などと同じくらい旅には欠かせない物だったのでしょう。国語の教科書などにも頻出する文章なので、わざわざ説明するまでもないかもしれませんが、この文章は「おくのほそ道」の冒頭部。書いたのは、かの松尾芭蕉まつお ばしょうです。

「なんだかもういろいろ疲れすぎちゃってて」

 と人生という 〝 旅 〟 そのものに疲れきったような口ぶりで語る患者さんが来院したので、ためしにこの文章だけ出してみたのですが

「何それ?」だそうです。「はじめてきいた」

 今の教科書には載っていないのかもしれません。

「……おくのほそ道です」

「奥の細道? そりゃあ、奥の方は道も細いんだろうけど」青春まっさかりとも言っていいような年代の高校三年生だそうで、受験勉強から来ていると本人は自覚している存在を前にして、もう進学するのも疲れた……とも先ほどは言っていました。「もう進むのも疲れちゃった」

「……進むのも……まだ十八歳ですよね?」

「そうすけど」若い方が辛いというようにもきこえてきます。「まだまだ先が長いし」

「……うん、まぁそうね」

 と、ついわたしも人生の先輩ヅラしてしまいます。

「先生の方がいいじゃないですか?」わたしはアゴの動きだけできき返しました。「だって先が短いし」

「……あぁ」

 たしかにそうかもしれません。

「オレはまだまだ人生が長いから、その道のりを考えるだけでぐったりしてて」あおむけから始まり、うつぶせの治療をへて、再びあおむけになってもらいます。「このまんまずっとここに立ち止まってるわけにもいかないのかな?」

「……んー」

「ねぇ、先生?」

「……まぁずっと同じ場所に立ち止まっていることの方が、気持ちとしてはきつそうに思いますけど」再び松尾芭蕉の姿がよぎります。「……ここにすえると、きっと歩きたくなってくると思いますよ」

 〝 すえる 〟 というより 〝 すゆる 〟 といった気分です。

「スネ?」

 と早くも患者さんの方も熱を感じだしたようです。

「……スネというか、三里……足三里というツボです」

「サンリ?」

 五壮ほどすゆて、今日の治療は終了です。

「……一里は約四キロですから」

「なんか足が軽くなったかも」

「……三里は十二キロ……」

「じゃあお金はここに置いていきます」

「……といった所でしょうか……」

 自分からたずねておきながらすでにこの会話と話題からは旅立っていくように、自転車に乗りこんでいきます。

「じゃあ!」

 途中で電車も使うのでしょうが、予診表に記載された住所からすると、ここからはちょうど十二キロほどの距離となります。

「……月日は百代の過客にして……」

 笠のように髪を盛り上げながら、あっという間に遠くにまで去っていってしまった姿が、わたしの目には芭蕉の後ろ姿のように見えはじめていたことは、言うまでもありません。まさに〝 行かふ年も又旅人也 〟です。