case.7 文体
という一字一字の字面のインパクトが強すぎて、内容の方が全然頭に入ってこない……
「……えーと」とりあえずわざとこのような字を書いているのか否かを確認しておくことにします。「……わざとではないですよね?」
「わざと?」
何が? という表情もうかべているので、きっとわざとではないということでしょう。
「……いえいえ、何でもありません」
失礼いたしました……とボリュームを下げながらつぶやいて、今一度予診票に書きこまれた 〝 主訴 〟の欄の中に視線を移します。
「……んー」
HB のシャーペンなのに 5、6B の鉛筆のように感じられる濃さと太さを備えた上にハネやトメやハライの一つ一つが際立っている文字同様に、どうやら内容の方もエネルギーの有り余っているような筆致になっています。
「……つまり」
「つまり?」
「……背中の痛みということでよろしいですね?」
「はい」と食いぎみに返してくるだけでなく、見つめ返してくる目にも圧力に近いエネルギーが感じられます……「もちろん」
すでに予診票に書いただろうことでしょう。
「……了解です」とわたしの方が患者のようにか細く語をつぎながらも、二、三、今のうちにたずねておくことにします。「……背中とはとくにどのあたりが……」
「全体です」拾い上げてくれるのです。「肩から腰まで」
「……なるほど」ととりあえず相づちを打ってみてから、原因についてもたずねてみます……「……ご自身で思い当たる原因などは……」
「ありません」
と一度きっぱりと返しつつも、やはりエネルギーが有り余っているのでしょう。ひとりでに三日前、四日前、五日前……と発症前の出来事を思い起こして話してきてくれます。
「三日前の夜は先輩と一緒に焼き肉の食べ放題に行き、四日前の朝はコンビニのおにぎりとパン、昼は同僚と一緒にビュッフェ、夜はラーメンで肉増し脂増し」
「……肉増し脂ま……」
「二郎系ですよ、二郎系」
と固有名詞まで出してきます……
「五日前の昼は家系ですよ、家系」
「……ジロー系……イエ系」
「あくまで 〝 系 〟 ですが」
と手加減してあげているようにも付け足してきていますが、いずれにせよずいぶんカロリーの高い食事が発症まで続いていたようです。
「……なるほど……ちなみに……」
「ちなみに?」
「……えーと……」
「何すか?」
「……お通じはいかがですか……」
「あんまり出てないかもです」
「……そうですか……」と返しながら、ハリを打ち始めます。「……運動の方は……」
「ん?」
ハリを打たれている時は比較的静かにしてくれているようです。
「……運動の方はいかがでしょう?」
と久しぶりに語尾がきちんと巻き上がるまで待っていてくれます。
「あ、イタッ」通常よりいくらか深めに多めに打っているということもあるのかもしれません。「えーっとっと」
「……はい」
「会社でずっと座ってパソコンのキーを打つのって」
同じ〝 打つ 〟といっても、ハリを打つほど一回一回エネルギーを使っているわけではないでしょう。
「……はい」
「運動になりますかね?」
内奥にこもっている熱を外に抜くようなイメージをもって、ハリを刺し入れる時よりも引き抜く方に集中していきます。
「……どうでしょうか」
体の不調にはざっくりと二つに分けて冷えか熱かが関わってくるのですが、この患者さんの場合は熱の方が悪さをしていたのでしょう……文体からもわかります。
※ 続きは『本を気持ちよく読めるからだになるための本――ハリとお灸の「東洋医学」ショートショート』(晶文社)でお楽しみください。