case.25 新型コロナウイルス
「先生? あぁ、突然で申し訳ないんだけど、アレでキャンセルしてもらってもいい?」
「あぁ、アレですか」
「そう、アレ」
「アレですね」
「直前まで迷っていたんだけど、今日はアレも三ケタみたいだし、アレもアレもアレで……」
電話口の〝アレ〟一つでいろんな事態が伝わってきてしまうくらい――この院にも〝アレ〟が蔓延してきていると言っていい気がします。
「……かしこまりました、アレということで、キャンセルしておきます」
悪いね、今度アレするから……という〝アレ〟まですでに呑みこんでいっているような脅威を感じながら電話をきり、患者さんが着るはずだった緑色の半袖半ズボンの治療着をベッドから片付けた次のタイミングには、また電話がかかってきます。
「……はい」おそるおそるといった口調におのずとなってしまっています……「……ほう・せん・どう・です」
区切りながら慎重に発したこともあるのか、語尾の〝です〟が〝DEATH〟に自分の耳にきこえてきてしまうくらいです。
「あぁ、院長先生? アレが今日もすごいみたいなんで」本当にこのまま豊泉堂は死んでしまうんじゃないだろうか……「今日これから治療の予約って出来ませんか?」
「……えッ?」
「げッ、って」とわたしの声がきこえたみたいですが、アレの症状に聴覚の異常というものまではまだなかったはずです。「なに驚いているんですか? そこ、治療院でしょ?」
「……は・い」
発語の異常もまだ報告されていなかったように思い返しながらも、もはや時間の問題でもあるのかもしれません。
「……えーと、ですね」
肺だけの問題ではなく、味覚や嗅覚や結膜の異常まで報告されるようになってきている全身症状をあわせ持つアレです。
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