case.2 うつ
「بمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظجبمفت,ةدنسزثذطضصظج」
本日最初の患者さんはうつを患っている患者さんのようです。
「بمفت,ةدنسزثذطضصظجشكقخغح」
医師ではないのでうつ 〝 病 〟 とまでは診断できませんが、うつ 〝 状態 〟 であることは見てとることができます。
「معالسلامة」
異国のかたが患者でも見てとることができるのです。
「あー……ゆーあー……あーゆーおーけー?」
わたしの発音が悪いのかもしれませんが、英語すら通じません。
……全然何言ってるかわからないんですけど……
と心の中では時々ぶーたれつつも、診察をつづけます。
「بمفت,ةدنسزثذطضصظجشكقخغح」
すくなくともここが治療院であることはわかっているようです。
「معالسلامة」
漆黒の分厚い皮膚に覆われた自身の首と肩を指さしつつ、重い足どりで診療ベッドに向かいみずから横になります。
「بمفت,ةدنسزثذطضصظجشكقخغح」
訴えていると思しい首・肩コリというのも、うつの一症状なのです。
「معالسلامة」
全身の気と血のバランスが失調し、本来足に留まっているべき気・血までもが上昇し、頭・首・肩といった上部に過度に集中してしまうのです。
「بمفت,ةدنسزثذطضصظجشكقخغح」
いわゆる 〝 頭寒足熱 〟 という健康状態とは反対になっていることが多いのです。
「معالسلامة」
実際に足をさわってみると、血中の鉄分だけが置き去りにされたように金属的にやはり冷たい。
「بمفت,ةدنسزثذطضصظجشكقخغح」
対して首・肩には熱感を伴った張りがあり、頭頂部の頭皮にはむくみまで生じているというのも、一つの特徴なのです。
「معالسلامة」
本来あるべき柔軟性が失われて硬くなり、極限を超すと、ぶよぶよとむくみはじめるというシステムが頭皮にはあるのです。
「حالك؟」
語尾が一度あがったようにきこえましたが、わたしは粛々と診察をつづけます。
「معالسلامة」
独り言ともしれない言葉を依然吐きつづけているのもそうなのかもしれません。
「بمفت,ةدنسزثذطضصظجشكقخغح」
目を閉じた時にまつ毛がふるえつづけているのもそうですし、漆黒の皮膚でありつつ目の下と頬だけが漆を失った炭色であることも、過度の緊張による不眠であることの証です。
「معالسلامة」
腹部には心臓そのもののより大きいほどの拍動が打たれています。
「!ب」
特にへその両横3cmのあたりの拍動はきつく、軽く圧してみただけで痛がります。
「!ب」
対してへその下の丹田のあたりは力が無くぺこぺこしている。
「معالسلامة」
へその直上から胸骨にかけて存在する鉛筆状のコリも、特徴の一つです。
「بمفت,ةدنسزثذطضصظجشكقخغح」
アラビア語全体の印象ととらえていた暗然としたトーンを、この患者さん個人の声質と受けとめはじめたあたりで診察を終え、治療に入ることにします。
「太衝」
無言でハリや灸をするのも不審なので、施すツボの名前を言いながら治療します。
「太渓」
治療と言っても、初診の今回はごく浅いハリや灸に留めます。
「足三里」
コリやむくみや冷えといった身体の 〝 うつ 〟 を一回ですべてとらない方がいいのです。
「上巨虚」
反動で強烈な躁状態に変容することがあるのだと、二代目松波太郎から教えられているのです。
〝 先生ありがとうございます、体がすっごく軽くなりました 〟
的なことを明るくなった表情で言った帰りに、電車にとびこもうとした患者さんが他の鍼灸院にいたのだそうです。
〝 ……体が勝手に動いてしまって…… 〟
自分で命を絶つ元気を与えかねないので、数回に治療を分ける必要があるのです。
「下巨虚」
足のいくつかのツボに灸を施して下半身にも気・血が回るように促してから、頭頂部の一点にもハリを打ちます。
「百会」
という名前のツボが体の正中を走る気・血の流れの頂点にあるのです。
「四神総」
百会を中心にした前後左右大体1cmの計4ツボにもハリを刺し、すこししてから抜くと、少量の薄い色合の血が一緒にでてきます。
「ثذطض ثذطض」
むくみをつくっていた液体です。
「جزيلا جزيلا」
患者さんの声にも抑揚と呼吸のメリハリがいくぶんでてきたように思います。
「ثذطض جزيلا ﺷﻜﺮﺍﹰ رمظان ثذطض جزيلا ﺷﻜﺮﺍﹰ رمظان ثذطض جزيلا ﺷﻜﺮﺍﹰ رمظان ثذطض جزيلا ﺷﻜﺮﺍﹰ رمظان ثذطض جزيلا ﺷﻜﺮﺍﹰ رمظان 」
平坦だった字面にもアップダウンが生まれたように感じます。
「رمظان رمظان 」
背部の緊張が強くなって硬い部分にも数mm程度のハリを施して、終えることにします。
「ﺷﻜﺮﺍﹰ ﺷﻜﺮﺍﹰ」
語勢を強めてさらなる治療を望んでいるようですが、今日はおしまいです。
「!ثذطض !ثذطض」
飛行機にとびこまれては元も子もないのです。
「جزيلا جزيلا」
アラビアからでも通っていただくほかありません。
「ثذطض ثذطض」
患者さんが異国の方であろうとも、三代にわたる方針は変えられないのです。
「どうぞ」
来院時よりいくぶん軽快になった足どりで治療院をあとにします。
「お大事に」
〝 いくぶん 〟 くらいがちょうどいいのですが、声の方はすこし変わりすぎだったかもしれません。
「……どうぞ」
ギンモクセイの木のむこうまで患者さんを見送ります。
「……お大事に」
ところで、何故ここだったのでしょう。