case.19  もち・・の話

「よし、これでいいでしょうッ!」

「ありがとうございます!」

「気分はいかがですかッ!?」

「サイコーですッ!」

「それはよかったッ!」

「生まれかわったみたいにッ!」

「はいッ!」

「体が軽いですッ!」

「またご来院くださいッ!」

「よろしくお願いしますッ!」

 治療したわたしの方まで体調が良くなってくるようなこのようなやりとりは、実は治療中から始まっていて、たった一本のハリをあてただけで劇的に良くなっていたのです。

「……一気にゆるみましたね」と、ついわたしの方もつぶやいてしまうような反応を起こしていたのです。「……一本のハリをあてただけですが」

 さらに正確に言うと、ハリを通すための管 ( 鍼管しんかん ) の丸い先端を置いただけですし

「……それもまだハリではないのですが」置いた場所というのも、重だるさを引き起こしているという背中ではありません。「……背中でもないのですが」

「手の小指ですよね」

 そうです。

「……まぁたしかに気などの通り道とされている経絡けいらくとしては、この小指から肩甲骨や首の方にもつながっていて」肩甲骨周辺や首の筋肉もいわゆるガチガチな状態だったのです。「顔面部で経絡を変えて」小腸経しょうちょうけいという名前から、膀胱経ぼうこうけいという名前に変わりながらも、経絡は続いてゆきます。「後頭部から背中、腰、でん部、太腿、ふくらはぎ、足の小指の方へと続いていきますが……」

 この後にはふくらはぎの承山しょうざん飛揚ひようという経穴や、反応が薄いようなら先端にある至陰しいんという経穴にもハリをするつもりでいました。前にここでもご紹介した逆子に効くことの多い経穴です。

「……この一穴だけで」経穴ツボの数詞は 〝 穴 〟 です。「……一気にゆるみましたね」

 といった所から、なるべく当たりの強くない施術を心がけて、良い状態のまま治療を終えます。

「どんどん良くなってる気がしますッ!」

 効果がすぐに出ているような方に治療量をどんどん加えていくと、一周してぐったりするようなことがかえってあるのです。

「先生ありがとうござーしたッ!」

 もともと経絡そのものは滞りなくきれいに開通していったのだろうことを、さっそうと靴をはいて一歩二歩進んでいく帰途に合わせて望んでいると

「あッ、そうだッそうだッ、先生ッ先生ッ」とすぐにその大腸経のようなカーブを描いている帰途を引き返してきます……どうしたのでしょう?「これッて?」

「これッ?」

「あッ、すいませんッ」とすがすがしいまでの敬礼です。「つい省略しちゃって」

 首の可動域も拡がっていて、顎が胸につかんばかりです。

「この調子ってッ」

「はいッ」

「いつまでもちますかッ?」

「もちますかッ?」

「もちの話です」

「あぁ……もち・・の話」餅をついては水をさっと付けるテンポでここまで来ましたが、そのもちではないでしょう。「……持続の」

「ええ」

「……もち・・

「そうです」

 餅ではない方のもちを思いうかべたわたしの方から、テンポを失調させつつあるのかもしれません。

「この調子って、一体いつまでもちますか?」相手の患者さんの方の体育会系とも言っていいようなテンションも、心なしか文化会系の落ち着いたものに変わってきている気がします……「先生」

 一気に改善された分だけ、戻りも早いのかもしれません。

「……そうですね」

「ずっとですか?」

 もちろん一概には言えないのですが、ハリ灸の効果というのは大体2、3日~10日ほどで再び元の状態に戻ってくるように感じています。

「……ずっとというのは、なかなか……」

 中にはたった一回の治療で症状が改善されたまま、ずっと ―― というようなケースもありますが、そう頻繁にあるケースではございません。

「……日ごろの姿勢や食事にも気をつけていただいて」ちなみにわたし自身の体は大体4、5日ほどで戻ってくるように感じています。「……それでもまた時間と共に戻ってくるとは思います」

 戻ってくると言っても、完全に治療前の悪い状態に戻ったり、さらにリバウンド的に悪化していくことはそうそうないように見受けています。

「ですよね、やっぱり」

「……おそらく」

 あくまで体感や自覚としての問題だと思いますが、そのように感じてくる前に願わくば治療を二回、三回……と重ねていただきたい。

「……ですから、最初のうちは回数をつめて通っていただきたいんです」

「はい」

「……くせをつけていただきたい」

「うん?」

 血行や体調の良い状態をキープし、くせをつけていただきたい。

「くせ?」

「……くせです」

「においではなくて」

「……くせです、く」とイントネーションをあえて尻上がりにします。「……調子が落ちてこないように道すじを作ってあげるのです」

「道すじ」

「……ええ」

「それからだんだんと間隔をあけていくってことですかね?」

「……そういうことです」

 やはり調子が良くなっているらしく、呑みこみも良いようです。

「なるほど」

※ 続きは『本を気持ちよく読めるからだになるための本――ハリとお灸の「東洋医学」ショートショート』(晶文社)でお楽しみください。