case.15  禁断のツボ

 〝 投手生命はそれで終わりと針の先生にも言われ、来年からはプレーできない最後の治療だった 〟 という文言を、わたしはいまだに引きずっています。このショートショートはなるべく一回一回が独立した単発の読み切りにしたいのですが

「きいてます、ねぇ先生、先生って」

 ……治療中にも脳裏によぎってくる文言なのです。

 〝 投手生命はそれで終わりと針の先生にも言われ、来年からはプレーできない…… 〟

 ……要は、禁断のツボということでしょう。

「……はい。これで終わりです、治療の方は」

 現在プロ野球の解説者として活躍はされているけれども球団フロントには入れていない原因までその遺恨に見出して、その禁断のツボに打たなければあと何年かはプレーできて、ゆくゆくは功労者として監督にまでなっていたんだろうなぁ……と治療後にナイター中継を何となく見つめている時にもよぎってきますが……

「……んー」

 そもそもそんなツボなどあるのでしょうか?

「……んー」

 と口ではうなり続けながら、次の一缶を手にとります。

「……んー」

 ビールを飲みながらということもあるでしょう。

「……んー」

 というようにもすする音を出して、三缶目の空き缶をテーブルの上に置きます。

「……んー……飲みすぎたかな」

 そのテーブルの端が行き着く所には寄せ木の小さな棚があって、自分を治療するためのさらに小さな道具箱がすっぽり収まっているのですが

「……んー」

 と再びうなりだして迷いつつも、結局やめておきます。

「……吐いちゃうかもしれないし」

 〝 飲みすぎ 〟 という症状を治すためにハリでも刺そうかという気にかられましたが、飲酒時のハリは禁忌です。

「……絶対だるくなるだろうし」

 〝 禁断 〟 とも言い換えてもいいかもしれませんが、シチュエーションに関してはたしかにハリを刺してはいけないケースがいくつか存在します。

「……アルコールでうねりだしている血行がさらにうねって、気持ち悪くなるだろうし」

 血小板が少なく血液が固まりづらい状態にある方へのハリや、重篤な進行性の病変にある方へのハリも、血行を促すことでかえって悪化させてしまうおそれもなくはないので、当院としては治療を控えています。

「……ハリはやめて、ナイターを見続けてよう」

 あとは妊婦の方で安定期に入る前に三陰交さんいんこうという内くるぶし上のツボを刺激しすぎないことや、やせ型で色白の方には気胸のリスクがあるので肩背部に深いハリをしないことなどはありますが、 < 健康なスポーツマン > と仮定した場合に刺してはいけないツボなどあるのでしょうか?

※ 続きは『本を気持ちよく読めるからだになるための本――ハリとお灸の「東洋医学」ショートショート』(晶文社)でお楽しみください。