case.14  読売ジャイアンツ・沢村投手の刺鍼事故について

 九時の開院までにはいろいろとやることがあります。23 ~ 25℃ という治療中の適温を保つためにエアコンを点けることから始まり、ベッドのシーツを換え、枕のカバーを換え、ハリとモグサの在庫を確認し、その戸棚から消毒液のタンクも持ってきて、消毒設備そのものを消毒するかのように補充してから、その液を早速垂らした布で一つ一つを拭いていきます ―― ハリを置くトレイ、使い終わったハリを入れる廃鍼箱、モグサを入れてあるステンレスのケース、燃えきった後のモグサを浸すバケツ、それら一式を載せているキャスター付きのワゴンそのものも拭いてから、窓を拭いて、その下の壁際の床から今度は掃きそうじに切り替えていきます。ベッドの下にはモグサの灰が落ちていることが多いので念入りに掃いて、待合所も掃いて、玄関でホウキを室内用から室外用の粗いものに切り替えて、通路の落ち葉等を掃いていきます。季節柄どうせまたすぐに落ちてくるのでしょうから、ホウキの変化もろとも室内よりは粗めに掃ききって、郵便受けで折り返してきます。昨晩の閉院の際にも一度確認しているので、中に入っているのは新聞の朝刊くらいです。ざっと目を通しながら通路を引き返してきて、戸を開けようとしたところで、つい地面に落としてしまいました。本来は待合所に置いておく患者さんのための朝刊です。

 この朝刊もエタノールででも消毒しなくてはいけないように感じつつ、きっとこの事故はこのような衛生面による問題ではないのでしょう。

「沢村がはりで傷めたのって、どこなんですか?」

 と今朝一人目の患者さんから早速たずねてこられました。

「ネットの方だと、長い胸の神経って書いてあったけど」すでにインターネットの方でも記事が出回っているようで、さらに情報が詳しいみたいです。「それって、どこ?」

「……長い胸……」とつぶやきつつも、長胸 ( ちょうきょう ) という名の神経であることは、わたしもわかっています。「……神経……」

 要は、そんな神経に傷がつく程のはりが打てるものなのか ―― ということです。

※ 続きは『本を気持ちよく読めるからだになるための本――ハリとお灸の「東洋医学」ショートショート』(晶文社)でお楽しみください。