case.11 美容鍼
ハリは漢字で書くと、とてもややこしい字体になります。 〝 鍼 〟という画数の多い漢字になるので、当院ではカタカナで表記することがほとんどなのですが、最近では患者さんの方からわざわざ 〝 鍼 〟 の字を書いてくることも増えてきています。
「はい、これです」と言って渡してくる予診表の 〝 主訴 〟 の欄に、 〝 鍼 〟 の字を正確に書いています。いにしえからの伝統を守ってという感じの人ではありません……失礼ながら。「シュソは」
と 〝 主訴 〟 の方をカタコトのように発しながら、自身の顔を指します。
「……美容鍼」
とそこには書いてあります。
「そう、美容鍼」という発音の方は、すでに何度もしてきているらしく板についていて、音読みの方でも言い直してくるバリエーションももたせてきます。「美容鍼」
「……シン」わたしの方がすぐにはうまく互換できなかったくらいです。「……あぁ、ハリのシン」
「そうよ、そうにきまってんじゃない、まったくもう、そうにきまってんじゃない、ここはいったいどこなのよ、鍼灸院でしょ、鍼灸院でしょ、まったくもう、それとも届け出とかしてないわけ、ほんとにもう……」と止まらなくなっているその女性の患者さんを早速横に寝かせて、顔色、肌ツヤ、舌の状態、手首の脈の強弱、さらにはおなかの硬軟なども診ようとしたところで、チョットストップ! とあわてた口調に突然切り替えて、みずから止めてきます。「アナタ!」
と英語か日本語かもわからないカタコトで続けてきます。
「ドコさわってんのヨッ!」どうやらわたしの手の方も止めようとしているみたいです。「アタシは美容鍼で来たのよ、美容鍼で!」
「……はい」
まだわたしには患者さんがおっしゃりたいことの主旨がわかりません……
「テレビや雑誌で見て、来たのよ! 美容鍼の、鍼の!」ようやくだんだんとわかってきました。 〝 ばり 〟 とも 〝 しん 〟 とも呼ぶほど、たくさんの美容のための施術を見てきたのでしょう。「顔にたくさんしてくれるのが、鍼でしょ、鍼でしょ!」
まだ 〝 はり 〟 という発音は残されているようなので、もちろん顔にもするようにしますが……と相手の言葉を逆なでしないように乗っかりつつ、説明を続けます。
「……はりは全身に打ってこその効果があるのです。人の目に触れるのはたしかに顔が主ではありますが……」とやや説法じみても感じられつつ、手の方の動きをさりげなく再開していきます。すべては患者さんのため。すべては美容のためでもあります。「……たとえば内臓や腸などの調子が悪ければ、うまく体外に老廃物なども排泄されず、顔色も黒ずんだり、ツヤを失ったり、水分の代謝もうまくいかずに舌がふやけたり……」
とあくまでサンプルのように挙げ続けていきますが、まぎれもなくこの患者さんの現在の身体状況です。
※ 続きは『本を気持ちよく読めるからだになるための本――ハリとお灸の「東洋医学」ショートショート』(晶文社)でお楽しみください。