case.21  肩コリなのになんで足にハリをするんですか?

 学生時代の苦い思い出を話さないといけなくなってしまったので、今回はそこからスタートします。

「肩コリだな、よし!   肩にどんどんハリを打っちゃえ、打っちゃえ!」

 当時はまだろくすっぽ初代から伝授された治療ノオトにも目を通しておらず、ただ患部にきちんとハリをあてることばかりに専心していました。

「ココが硬くなってるね」ハリを刺し入れるというのも、最初はなかなか難しいものなのです。「硬いからなかなか入んないわ」

〝 浮物通し 〟と言って、当初は水に浮いているリンゴやナスやピーマンなどにハリを集中して刺し入れる訓練もあったのですが、その時には被験は人体へと変わっていました。

「入んないから、もっと太いハリにしていい?」

「オッケー、オッケー」

 とは言いましても、まだ実際の患者ではなく、おたがいが学生同士の相対練習というものです。

「時々頭が痛くなってくるくらいの肩コリで」というような主訴をざっくりききとって、みずから治療方針をきめ、四、五十分ほどの時間を使って実際に治療していくのです。

「ちょっと良くなったと思っても、すぐに戻っちゃうのよね」

「なるほど、じゃあ、本当にどんどん打っていくね」

 時間にもそこまでの余裕はないので、どんどん刺し入れていきます。

「もっといいわよ」

「ラジャーラジャー」もちろん気胸の危険性などはすでに講師の口からとっくに伝えられているので、肺があるとおぼしい箇所には肉をつかんでから刺し入れたり(肺は持ち上がりません)、深く刺さないようにはしていました。「どんどんどんどんどん……」

 あとは、延髄が奥にある盆の窪にも深く刺し入れないといったことでしょうか……

「あぁ、響く響く、血液も〝 どんどんどんどん 〟言ってるみたい」

 いわば最低限の注意事項だけは守りつつ、肩のコリそのものを手さぐりで見つけながら、どんどん刺し入れていき……

「あぁ、ラクになった、なった、なった気がする」

 という感想をもらった所で、施術側と被験側が交代します。

「ぼくの方も主訴は」肩コリです。「お願いします!」

「了解、了解、じゃあどんどん打っていくわ……ね……」という声が急にとびとびになっていきました……「……ね……え……」

 どうしちゃったのでしょう?

「どうしちゃったのでしょう?」とたしかその時も実際に声に出していたと思います。「もしもーし」

 と電話のように問いかけてみても応答はなく、代わりにまもなくきこえてきたのは、電話機を床に落としたかのような甲高い物音です。

「バァーッン」

 という音のようでもありましたし、周りの他の誰かがその状況を目のあたりにして上げた悲鳴のようでもありました。

「キュアーッ」

 両方だったのかもしれません。

「バァーッンキュアーッバァーッンキュアーッ」

 二段階に分かれてきこえてきたのは、一度目で物を落とし、二度目で落としたヒト自体も落ちるように倒れたからなのだという話は、あとで教員から耳にした内容です。

「……もしもーし……え」すでにうつ伏せの体位となっていたわたしも、ようやく起き上がってみると、そこには電話機でなくハリのケースごと落としたまま、自身も床に崩れ落ちている同級生の身体がありました……「……大丈夫すか?」

 もちろん〝大丈夫〞とは返ってきません。

「……えーと」

「大丈夫、大丈夫」

 それでもその同級生の代わりのように、教員の方が快活に返事をしてくれます。

「一時的にのぼせているだけだろうから」おしりをついただけだから、頭は床に打ってないから、よくあることだから……とも言葉をついできます。「大丈夫、大丈夫」

 と、パニックに陥りかけていたわたし達を落ち着かせようとしているようでもありますし

「私がみんなに伝え忘れてしまっていたのもあるから」自分自身の監督責任を薄める狙いもあったように、今となっては思われてきます……「ごめんごめん」

 肩にだけ何本も打っちゃったんでしょ?   とわたしの方にももちろんその責任を分担してきます……

※ 続きは『本を気持ちよく読めるからだになるための本――ハリとお灸の「東洋医学」ショートショート』(晶文社)でお楽しみください。