case.20 脳血管障害の後遺症
初代が遺してくれた治療ノオトというものがあるのですが、そのまま現在においても適用させてもらっている治療法もあれば、記されている通りには現在は行なっていない治療法もあります。
〈壱〉 患者の人中に刺鍼すべし。
〝 人中 〟 というのは経穴の名前で、鼻の下の溝にあります……
〈弐〉 刺したまま雀啄すべし。
〝 雀啄 〟 というのは文字通り、雀が啄むようにくり返し何度も上下に動かす方法です……
〈参〉 患者の涙袋が潤い満ち溢れて来るまですべし。
この後も四、五、六……と拾まで漢数字が振ってあるのですが、わたし自身の涙袋の方が 〝 潤い満ち溢れて来る 〟 ような内容の治療法です……
以上、中風の治療方途なり。
〝 中風 〟 というのは、脳出血や脳梗塞などの脳血管障害による半身不随や片まひ、言語障害、手足のしびれやまひ等をさす、かつての呼び名です。風ニ中ル ―― が語源の中国から来た呼び名のようです。
臆さず刺鍼すべし。臆した所をこちらが出してはいかぬ。
と自分を鼓舞しているかのような精神論的文句もめずらしく追記されていることからしても、初代もあまり用いたくなった治療法なのかもしれません。
「……たぶんやりたくなかったんだろうなぁ」
本心としては後代を鼓舞激励していただけかもしれませんが、少なくとも三代目のわたしは用いたくない治療法です。
「……今は他の方法もあるし」
おそらく当時中国から輸入される形で日本でも知られるようになった 醒脳開竅法 を初代は参照したように思う治療法ですが ―― たしかに本場・中国ではその 〝 脳 〟 を 〝 醒 〟 ます刺激的な方法により効果を上げているケースが多々ありますが
「……やっぱり痛いのはなぁ」なるべくなら、患者さんにあまり痛い思いはしてほしくない……「……避けたいなぁ」
涙袋を潤し満ち溢れされたいのは、患者さんからの感謝の時だけでいいです。
「……患者さんのためにも」
治療ノオトの見開きの最初のページには、 〝 時代も移り変われば自然界も僅かながらも移り変わる。よって人体も僅かながらも着々と今後移り変わっていくだろうから、このノオトの中身の方法も変えていくべし 〟 というような文言がたしか載っていたはずなので、少し申し訳なく思いつつも、新しい真っ白なノートを持って、他のハリ灸の学会にも参加したりしています。
「……寒いですね」
というのは時候のあいさつではなく、本当に寒いのです。
「……やっぱり」まだ11月の初旬です。「……北海道は」
脳血管障害の後遺症に対する治療法は、患者さんのなるべく負担にならないような形で、醒脳開竅法以降もいくつか出てきています。
「ようこそ山元式新頭鍼療法へ」
中でもYNSAともアルファベットで略称される山元式新頭鍼療法というのは、名前の通り山元さんという医師のかたが開発した日本独自の治療法で、とくに人気があり、学会に参加しようとしても東京や大阪などはすぐに満杯になるので、今回わたしは北海道まで来たわけです。
「開始までもうしばらくお待ちください」
山元式新頭鍼療法 ―― 以下 〝 YNSA 〟 では、頭皮にのみ原則ハリを刺し、負担が少ない上に、治療家自身もあまり手間をかけずに出来るのが人気のようです。
「席の方におかけになってお待ちください」
海外でも人気のようで、会場内では 〝 YOUは何しに日本へ? 〟 というバラエティー番組で紹介されたオランダ人医師がはるばるYNSAを学びに日本に来た映像が開始前まで流されていました。
「映像でもご覧になってお待ちください」
同じ映像はインターネット上にもありましたので、参考がてら載せておきます。
「時間になりましたので、これから始めていきます」
もしかしたら車の中で開始を待たれていた方のものでしょうか。
( ※ もしかしたらすでに視聴できなくなっているかもしれません )
きっと外国のかたにも学びやすい治療法なのでしょう。
※ 続きは『本を気持ちよく読めるからだになるための本――ハリとお灸の「東洋医学」ショートショート』(晶文社)でお楽しみください。